足元を見るのではなく、星を見上げること

うちの高校は、行事ばかりやっているところで、受験指導などというものは、一切なかった。この行事というのが、ちょっとやっかいだった。つまり、行事というのは、外側からくるものだ。自分がやりたくてやるものでは、ないことも多い。

何しろ精神的に未熟なので、やる状況に陥っているときに、やっぱりやらないです、というような勇気もなかった。万事がこういう調子で、わたしの高校生活は過ぎていった。やらされていることばかりで、やりたいことができない感が、半端なかった。

当時わたしは自分のことを、空を見上げて足元の石につまずいて転ぶ、と自己分析していた。国際平和に貢献するとか、ロマンティックな理想ばかり追っていて、足元のプラクティカルな仕事が、勉強が、できない。行事の仕事はもちろんやっていたのだが、それは自分から楽しくてやっているわけではなかった。

ちょうど1年前の今日、量子宇宙論で有名な、より一般にはALSの車椅子の物理学者として有名な、スティーヴン・ホーキングが亡くなった。かれの語録に、「足元を見るのではなく、星を見上げること」というのがある。改めてそれを読んで、わたしはびっくりしてしまった。高校時代のわたしが、自己批判のためにつかっていた言葉を、ホーキングは、自分の信条としていたのだ。

その才能の圧倒的な差とかいう、言わずもがなの違いはおくとして、ホーキングと高校時代のわたしの違いは、ホーキングは星を見上げて、自分の道をつきすすんだということである。かれの理論は、当時の学界では異端であった。けれどかれは、自分の理論を信じて、決してあきらめなかった。わたしは、星を見あげてはいたが、見ていただけで、そのために何もできなかった。

なんでこんなことを思い出したかというと、村上春樹が、まったく同じことを言っていたからである。あるべき小説のイメージが、いつも空の真上に、北極星みたいに光って浮かんでいた、というのだ。何かあれば、ただ頭上を見上げればよかった。そうすれば自分の今の立ち位置や、進むべき方向がよくわかった。

村上春樹がアメリカの出版エージェントと交渉し、国際的な作家になっていったのは、日本の文学界で、異端の扱いを受けたからである。この話は、『職業としての小説家』に、書いてある。かれは、「そういうのは前例がありません」と編集者に言われても、とにかく自分のやりたいことを、やりたいようにやっていこうと思ったという。日本的に迎合せずに、自分の北極星を信じたのである。

彼らが天才である所以は、自分の北極星が定まっていることである。そして、外圧にめげず、それを信じつづけてぶれない軸があることだ。

一般人には、この自分の北極星がどこにあるのかを見つけるのが、むずかしい。あるいは、自分の北極星はこのへんにある、という感覚があるのに、現実の世界でその方向へ行くためにはどう行けばいいのかということが、よくわからない。自分のやりたいことと、社会の領域や規範が、うまくマッチングしないのである。

自分の北極星はこのへんなんだけど、なんかそっちを見て動くことができていないな、と苦しんでいる人々は、少なくないと思う。それでも足元をすくわれないようにして、星をみつづけること。現実とのあつれきを克服して、やりたいことにすすんでいっていいんだ、と思い切ること。そして、「あきらめないこと」(これもホーキング語録)。

足元を見るのではなく、星をみること。現実の足かせの中で自分の身体が悲鳴をあげていたら、このホーキングの言葉を思い出して、北極星をさがしてみよう。

#ホーキング #村上春樹 #職業としての小説家 #田中ちはる

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