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英国王のスピーチ:男の相棒映画(Buddy Movie)と、ステキな奥さんの存在について

『グリーンブック』は、黒人と白人のバディ・ムーヴィーである。バディbuddyというのは、相棒ということ。男女のカップルの恋愛を描くかわりに、男同士の、恋愛のように濃い友情と、相棒的関係を描く映画のことである。

バディ・ムーヴィーはひとつのジャンルといってもいいくらい、いろいろある。日本的にいうと、漫才コンビは凹凸の相棒で構成されている方が成功することが多く、かれらが映画のキャラになったと思ってもらえば、イメージしやすいかもしれない。濃い関係になると、それは擬似恋愛である。

そういう意味で、『グリーンブック』を見ながら、思い出さずにはいられない映画がいくつかあった。そのひとつは、『英国王のスピーチ』。

のちに国王ジョージ六世となるアルバート王子(愛称バーティ)には吃音があり、たくさんの言語治療士をつけてそれを治そうとするのだが、何をやってもうまくいかない。

そんなとき、奥さま、つまりのちの王妃クイーンマザーが、ライオネルという変わったオーストラリア人のことを聞きつけて、夫に会わせる。

オーストラリアは、植民地時代のイギリスでは、罪人の流刑地になっていたところ。もともとイギリスの植民地だったオーストラリア文化は、イギリス文化に親近性があるのだが、それが南の島に移行して、より雑駁でのんびりした文化になった。

ゆったりしたリラックス系ロックをレイドバックlaidbackというが、そんな感じ。laidbackは、ガツガツしない、というような意味で、よく使う言葉である。

ライオネルはもともと舞台俳優で、治療士としての正統な資格を、何も持っていなかった。しかし、吃音治療の実績があった。

当時はまだ、吃音の原因に精神的なものがあるという事実は、認識されていなかった。直観的かつ経験的に、それを見抜いたライオネルは、独自に言語セラピーを考案した。

厳格なしつけの元に育てられたイギリス王子と、オーストラリア人の俳優上がりの言語治療士。かれらの間には、グリーンブックの誇り高き黒人ピアニストと、白人用心棒との関係と同様な相棒関係が生まれ、彼らは互いに尊敬し合う親友になった。

バーティは、厳格な父の元に、王室で育ったことによる積年の抑圧に、苦しんでいた。その精神的硬直をほぐしてもらうために、まったく異なる世界から来た野生児のちからが、必要だった。

吃音を治すプロセスは、かれにとって、ちぢこまった心をひらいていく、プロセスにほかならなかった。

舞台俳優としては鳴かず飛ばずだったライオネルも、未来の国王の発声を助けるという大きなミッションを得たことで、この上ない人生の充実感を得たにちがいない。

階級も人種もまったく正反対の、陰陽のふたりが、ぶつかり合って火花を散らす。そこから、日常的な状況では生まれ得ないような稀有な友情、愛情が、生まれたのである。

バディ・ムーヴィーはいろいろあるが、『グリーンブック』と『英国王のスピーチ』を特に強くむすんでいるのは、階級・人種差だけではない。それはステキな奥さまの存在である。

つまりこれらは、それとまたべつのジャンルを立てるべき、ゲイの映画ではない。ピアニストを除くと、あとの三人はみなとても幸福な結婚をしていて、かれらは妻をとても愛している。

用心棒の妻も、バーティの妻も、本当に魅力的だ。これらの映画においてバディは、いわゆるミソジニー(女性嫌悪)の代償ではない。ここも重要である。

『グリーンブック』も、『英国王のスピーチ』も、人生に対して開かれたマインドが呼び寄せた、驚くべき関係性を描いた映画である。もともとはやむを得ない事情だったが、かれらには、そこに待っていた異質なものの価値を見抜く、心の眼があった。

バディ・ムーヴィーのおもしろさは、陰と陽とのぶつかりあいから、思ってもみない人生の創造的な価値が生まれ、はぐくまれるのを、目の当たりにすること。

そして何より、差別意識にとらわれず、目の前にあるものを受容することで得られる思わぬ人生の醍醐味を、鑑賞することだろう。

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