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二度目の出産立ち会い。空気の読めないパパでごめん

「あっ、たぶんこれだわ」
出産予定日の翌日。ついにそのときがきた。

昼食の準備をしていると、はち切れんばかりに膨らんだお腹を妻がしきりに押さえ始める。明らかに痛みが強く、間隔も短くなっているという。単なる便秘じゃない、盲腸でもない、紛れもなく陣痛ってヤツだ。病院に電話し状況を話すと、今すぐに来てほしいとのこと。

義母に長男を預け、「念のため…」と数日前から防水シーツを敷いておいた車に妻を乗せて病院に向かう。「大丈夫?お腹痛い?」「今は意外と平気。波があるんだよね」と妻とやりとりしながら車を走らせる。

病院に着くなり、助産師による子宮口の確認が始まった。
「すでに4.5センチ開いています。今回がお2人目ですよね?これが5~6センチとなってくると一気に開くので、産まれるまで早いと思います。今日中でしょう」

触診しながら細かに伝えてくれる。開き具合は指の感覚から経験値で測っているようだ。定規のような医療機器を使っていると思い込んでいただけに新しい発見だった。

そこで妻から「痛い」と言われて自分が初めて緊張していることに気が付いた。助産師の話を聞きながら妻の手を強く握りしめていたのだ。

全身がドクドクと脈打つのを感じる。はあ、呼吸が浅い。まるで心臓が肥大し、左右の肺を押し潰しているかのように息苦しい、、、いよいよだ。

今回は初めから「無痛分娩」を選択した。

長男のときには、自称「痛みに強い女」の妻から『無痛』のスタンバイはしつつ、そのまま痛みに耐えられそうなら『自然』でいってみたいと提案された。もし耐えられそうになくても、「その金でお寿司がいっぱい食べられるね」と踏みとどまるよう説得してくれとまで言われていた。

だが、想像を絶する痛みからベッドの上でのたうち回る妻の姿がそこにはあった。どんなに重い家具も一人で組み立て、入院前には「お散歩」といいながら酷暑のなか平気で片道数キロも歩いてしまう。ちょっとやそっとの怪我ならへっちゃら。出産だって軽々とこなすだろうと思い込んでいた。

無痛にしようがしまいが、お寿司なんて食べさせてあげればいい。「先生!早く!早く楽にしてあげてください!」とっさに自分の口から『無痛』へシフトするよう医師へ叫んでしまった。

巷では「無痛分娩よりも、痛みに耐えて産んだ子の方が愛情が深い」というが、そんなのは迷信だ。私たちの長男への愛情の深さがそれを証明している。無痛分娩費は必要経費だ。決して無駄な金ではない。妻よ、安心して踏ん張ってくれ。ピーラーひーひー男の僕では君の代わりは務まらない。

産後のダメージ回復も無痛の方が早いという。入念に打ち合わせを行ったうえで麻酔を打ち、あとは出てくるのを待つだけとなった。

「楽しみだね」「どんな顔してるのかな」「また濃い眉毛かも」スマホで過去の写真を振り返りながら他愛もない会話を続けた。二人きりの実に穏やかな時間だった。



「パチンっていったかも」

妻がおもむろに報告してきた。コールボタンで駆けつけてくれた助産師も「破水したね、さあがんばりましょう」と、他のスタッフを呼びながら手際よくゴム手袋や長靴などを装着していく。

そのときだ。妻の身体の変化と同時に私の身体にも異変を覚えた。尿意だ。なぜか破水という言葉に私の膀胱が反応してしまった。

まずい。このままでは危ない。膀胱が破水してしまう。二人目の出産は早いらしい。よし、今しかない。意を決して聞いた。

「すみません。お、お手洗いはどこですか?」
「はい????????」

妻も助産師も苦笑いだった。無理もない。まさにこれからが本番というときに持ち場を離れる夫などいないだろう。しかも理由が理由だ。でもこちとら、1時間前に一気飲みした炭酸飲料が今このタイミングで下りてくるなんて思わんだ…。

背に腹は代えられず、5分ほどその場を離れた。「次男よ、分娩中に破尿男となるのは避けたい。すぐに行くからまだ出てこないで、、」と用を足しながら願う。

トイレから戻ると、ベビーは待ってくれていた。不在のまま産まれていたら一生悔いていただろう。ありがとう。空気の読める子だ。空気の読めないパパでごめん。

5~6人の医師、助産師、看護師が妻を囲う。もう頭の先が見えている。

「便意はありますか?その感じです。力を入れて便を押し出すイメージを持ってください」

一人目の経験から「はい。目は開いたまま顎を引けばいいですね」と医師に返答している妻を頼もしく思った。もはや私のできることは応援すること。それと、二度と持ち場を離れないことだ。

「1,2のフーッでいきましょう。1,2の」
「フーーーーーーッ!」
「すごいすごい!もう肩まで出ましたよ。次で一気にいきましょう。お母さん頑張って!!せーの、1,2の」
「フーーーーーーーーーーッ!!!!!」

ずるずると、ものの見事に羊水でずぶ濡れになった我が子が出てきた。
2回踏ん張っただけ。病院のスタッフ一同、驚きの安産だった。

「赤ちゃんってこんなにちいさかったかー」

次男の第一印象だった。「んぎゃ」と消え入りそうな産声をあげるのがやっと。放っておけば間違いなく生きていけない。いま地球で一番か弱い生物の姿があった。

呼吸、脈拍、体重、どれも問題なく、助産師から抱っこしてもいいという許可が下りる。そおーーっと抱き上げてみた。軽そうに見えたのに実際にはずしりと重さを感じる。不思議な感覚だ。

超至近距離で顔をまじまじと見つめてみる。彼もうっすらと開いてきた瞼の奥を左右に揺らしたあと、父を直視した。そう見えた。まだ視力は0.01くらい。正確には父の姿は見えていないはずだが、心を通わせ、言葉を交わしたかのような気持ちになった。

「あなたが空気の読めないパパですか?」「いかにも」

はああああああ可愛いいいいいいい。ずっと見ていられる。

時間の経過と比例して、喜びが実感として大きくなっていく。「ありがとね」と出産直後の妻をねぎらいつつ、入院生活を終えて2人が帰宅する日が待ち遠しくなった。

母子ともに問題なく安堵したのも束の間、早速、新たな試練が待ち受けていた。長男と二人きりの生活が始まるのであった──

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