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母からの誕生日LINE

誕生日に、母からこんなLINEが来ました。「お誕生日おめでとう。あなたの年頃が一番戻りたい年齢です。」これをどう受け取ったらいいのか、戸惑いました。

素直に受け取れば、「その頃がとても充実していたから、きっと楽しい1年になるよ。」といったところでしょうか。実際、母のLINEには「その頃が充実していた。」という言葉も続いていたので、母の真意はそこにあったのかもしれません。

でも私はそうは受け取れなかった。
「お母さんは『今』が楽しくないんだな」と、このLINEを読んで思いました。

母に、取り立てて何か不幸なことがあったわけではない、と思う。普段は父と母2人の静かな生活。老いはあるけど、持病はなく、健康でまだまだ元気。そりゃないものねだりをすればいくらでもあるだろうけど、客観的に見れば平穏な生活。それでも「今」を生きられない理由とは。

うちは、父がサラリーマン、母は私が小学生の頃からほぼ定年までパートで働き、家事育児はすべて母が担うというスタイルでした。ずっと家族をケアして、それが当たり前とされる中、母は何を感じていたのでしょうか。

母とは仲が良かったので、反抗期を過ぎてからはずっと母の話し相手でした。だから少しはわかっているつもり。でも娘には話せないこともたくさんあったでしょう。

私の年齢の頃、母は何を思っていたのでしょうか。

父がいるので普段の家事は続きつつも、子育てという意味ではとっくに卒業している。ずっと家族のケアをしてきたからこそ、子育てを終えた今は、お母さんの好きなことを自由にやってほしい、というのは娘の思い。

でも、誕生日のLINEを読むと、どうやら「今が一番」ではないらしい。

母が今を生きるためには、過去を一緒に受けとめてあげる必要があるのだろうと思います。本当のところ、母が自分の人生をどのように捉えているのかはわかりません。だけど、前に進むためには過去を捉え直す必要があるように私には思える。

まずはただ聞く。それが大事なんでしょうね。
でも娘だから、そんなに素直には聞けない。

アラフォーの私の親世代の女性は、母のようにずっと誰かのケアをしてきて、それを誰にも認めてもらえないままに、自分でも受けとめきれずにいる人が多いのではないかと思います。

実の母の話は素直に聞けなくても、他人ならば、聞ける。今すぐ母の話を聞くことは気持ち的に難しいから、まずは母と同じように感じている他の人のライフストーリーを聞いてみよう。

私がライフストーリーインタビューの活動を始めた背景にはこんな思いもあります。

そして今でも、ケアが軽視される社会であることは変わっていません。母の思いは少なからず、現代の母にも受け継がれていることは明らかです。私自身も親世代のライフストーリーを聞くなら、もっとケアそのものについて学びたいと最近、小川公代さんの本を読み始めたりしています。

いつか母のライフストーリーをちゃんと聞いて受けとめてあげること。
それが私のいつか叶えたい夢です。


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