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それいゆ

中原昌也、中原中也、そしてもう一人
世界3大中原の一人である
中原淳一、その展覧会に行ってきました。
(敬称略)
中原淳一の….と展覧会の話を
書こうとしましたが、

急に「中原昌也も中原淳一も
芸術的才能、絵、文章も哲学もすごいのに
それに比べて、中也は今ひとつだなぁ、
中也は絵の一つも描かんのか!
斎藤秀雄、
あ、じゃなくて
小林秀雄と揉めたくらいしかしとらんのか!」
と検索したら、この詩が出てきました。

トタンがセンベイ食べて
春の日の夕暮は穏かです
アンダースローされた灰が蒼ざめて
春の日の夕暮は静かです

「春の日の夕暮れ」中原中也の作品のなかでも
特別な詩。こんな詩が書けるって、
こんな言葉の風景をつくりだせるって

すごいʕ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•ʔ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•ʕ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•ʔ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•ʔ

無駄に太陽を浴びただけのわたしは
せいぜい肌にシミを作って
いさみやのおせんべいをかじっています
わたしはトタン
ーはい、凡人。
次行きましょう。

中也はダダイスト詩人の高橋新吉の詩に
色濃く影響を受けたそう。

高校生の頃、友人Aちゃんとの合言葉が
「ダダ」だった。
音楽も、学校も、世の中もダダ。
とにかく人生はダダ。ダダづくし。
ダダの連続。それってダダだよね。
ダダ最高。ダダが足りない。
そうやってただ
ゲラゲラゲラゲラ
ダダダダダダダダダダと笑い転げた。
なにがあんなに面白かったのか。
なんであんなにダダイズムに夢中だったのか。
きっかけも全然思い出せない。
きっと私と友人がはまっていたのは
本当のダダではありません。

もちろん高橋新吉や暮鳥、尾上亀之助
よくわからないけどテネシーウィリアムズとか
マッカラーズなどにのめりこみ
彼らの作品ではなく
退廃だけ真似てしまったダダな高校生活。

石神井の先生のお宅にピアノのレッスン帰りには
いつも詩の専門本屋さんに駆け込み、
何時間も立ち読みしていてました。
とにかくダダな人間
ダダイストに近づきたかった。

でもいまこの夜中に自問。
あの時のダダって何?
一生答えられない。

ダダに酔って、わけのわからない手紙を
地元の友人に送ったら
「あんた何言ってんの?わけわからん」
とばっさり。
いま友だちのその手紙を読んだら、
優しさが滲み出ていて泣けてきました。
「こっちは何も変わってないよ。東京で疲れた?」

地方から東京にいく学生あるあるだと思ってた
「みんなダダにはまる」
わたしの青春はダダまっしぐら
その頃に書いた
「喜びの島」とか「曼荼羅」という詩も
とにかくイタイ。。。マイポエム
でも後悔は無し。
むしろ愉快、すっごく愉快。

みなさん、
かつてダダにはまってました?
わたし、今もダダをまとっていますか?














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