もう、失敗したくないんだ
久しぶりに会ったその人の近況を聞いた。
一緒に仕事を進めていたある人と、その関係を解消したのだと言っていた。
そしてそれとは別に、新たなチームを作り、先日初めてのミーティングをしたところだ、とも。
その中で、ひときわ熱のこもった一言があった。
「もう、失敗したくないんだ」
自分と相手の違いを受けとめ合えなかったこと。
資質を活かし合えずにぎくしゃくし、いつしか思ったことを思ったように言えなくなっていったこと。
そうしてチームが解散したこと。
その経験をしたその人の、
新たなチームへの想い。
「もう、失敗したくないんだ」には、いいチームをつくりたい!というエネルギーがこめられていた。
その熱量と、その言葉が、懐かしかった。
2年半前のわたしが放ったものととても似ていたからだな、と思った。
2年半前。
それまで一人で進めていた「チームのよさがみえる会議」に、仲間として加わってくれたら最高!という人が現れた。
(正確に言えば、もともと知り合いだったその人が、「仲間になってほしい人」に一気に躍り出た、という感じ)
誘っても、断られるかもしれない。
その怖さも確かにあったのだけれど、もっと大きかったのは、別の怖れだった。
わたしはいいチームをつくれないかもしれない。
壊してしまうかもしれない。
仲間を大切にできないかもしれない。
過去、たくさんの痛い思いをしたから。
「チームを、仲間を、大切にできなかった」という傷は、なかなかの深さだった。
「もう、チームを持つことも、リーダーを担うことも、今生は結構です」と思うのに十分なほどの。
それなのに、「この人とチームになりたい」と思ってしまった2年半前。
あのときの怖さ。
それをなんとか乗り越えて(いや、持ったままに)「仲間になってほしい」と伝え、快諾されたとき。
その瞬間、わたしも
「もう、失敗したくない」
と力強く思ったのだ。
あれから2年半。
チームにおいて何も失敗しなかったというわけではない。
けれど、あの日「失敗したくない」と決意した、その種類の失敗はしていない。
ああ、わたしにもできるのだ。
チームを、仲間を、大切にできるのだ。
そう思えるようになった。
なんて嬉しいことなんだろう、と
今、じわじわと喜びに身体を包まれた。
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