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第6話 そんなのありか。

申し込みをした数日後に担当者から妻に電話が入った。ローン申請している大手銀行のひとつが金を貸さないと言ってきたという。それもこちらの問題ではなく、物件を預かっている不動産会社とは取引しない方針だから貸さないと言っている。頭の中をどす黒い雲が広がっていくイメージ。大手行のうち一行が貸さない、そしてもう一行は問題なしと出たようだ。銀行が取引しないと言っている会社が絡むのはなんか気持ち悪いねと妻と話ながらも、もうひとつの銀行は問題ないという返事なのでそちらで行くということで話が進むかに思われた。

ところが。

担当者から再び電話。ものすごく申し訳無さそうなトーンでありながら憤りを隠せない口調である。話を聞いているうちにぼくの腹もムカムカとしてくる。そんなのありですか。そんなことしていいんですか。モラルもへったくれもないじゃないですか。担当者に怒っているつもりはないが、電話の相手なのだから仕方がない。私もこんなの初めてです。本当に許せないです。ルール違反も甚だしいことです。と担当者も唇を噛んだ(に違いない)。

つまりはこういうことである。ぼくらが申込みをした。そのとき、もしできれば値下げをお願いしたいという値引き交渉を込みでしていた。そこへ二番手の申込みがあった。そして、その二番手は売り主から物件販売を預かっている不動産会社へ直接来た申込みだった。その不動産会社はぼくらが値下げ交渉をしていることを理由に二番手の契約を優先して決めてしまったのである。

これには少し説明が必要だろう。不動産会社の仲介手数料というのは、契約が成立したときに売り主、買い主両方から取ることができるのである。だから、自分が売っている物件に直接買い手が付けば手数料は売り主買い主双方から受け取るので二倍になる(実際の手数料金は売り主と買い主で金額が異なるので二倍ではないが、受け取れる数として二倍と書いている)。これを両手というらしい。それが、ぼくたちで契約してしまうと手数料は売り主からだけしか取れない。僕たちについている不動産会社が僕たち買い手の手数料を取るからである。これを片手という。当然片手よりも両手のほうがいいに決まっている。しかし、だからといって今回のように申込み順を無視していいわけがない。法律的な決まりはないが、業界のモラルがあろう。それを堂々と破る。それが理由かどうかわからないがある都市銀行から取引を拒否されるのも無理はないと思う。モラルは一度守らないと決めると際限がなくなるからである。

この一件が、僕のような不動産業界門外漢の取り違えた憤慨でないことは、僕らとともに物件探しをしてくれている担当者たちの怒りを見ていればよくわかる。業界の常識などではない。こんなことはありえないと言っている。本来ならば、二番手の申込みが来ましたがどうしますかと聞くのが筋なのだ。一番手であるこちらが値下げしないのなら買わないと言って初めて二番手に話が行くのである。

とにかく、早々に見つけたと思った物件は指の間をすり抜ける砂のごとく他所にさらわれていったのである。その後の物件探しでモラルのかけらもないその不動産会社が扱う物件は絶対に選ばないと決めたのは言うまでもない。ネットに名指しで書き込んでやろうかと思ったが大人げないのでやめた。憎しみを増長させてはいけない。憎しみは怒りに、怒りはダークサイドに通ずるとマスターヨーダも言っているではないか。

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