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蒼海13号の好きな句

匙に開く吾子の口より夏めけり  堀本裕樹

離乳食の匙を近づければ素直に口をあける赤子の生命力を感じます。吾子にとってはじめての夏がはじまる喜びを親として感じているように思いました。

市役所の人か扇風機を直し  西村麒麟

扇風機を直すという特異な場面ながら、汗を拭いつつ頑張っているスーツ姿が思い浮かびます。麒麟さんの10句はどんな日常にも詩があるということを実感させてくれて大好きです。(招待作品「お風入」より)

林檎酒の金の泡立つ蝶の昼  髙木小都

ラグジュアリーな雰囲気の一句です。昼から林檎酒、いいなぁ。蝶の昼という華やかな季語がぴったりです。

別れとは知らぬ別れや新樹光  矢崎二酔

あとから振り返って過去を詠む句で成功するのがすごいと思いました。湿り気のある上五中七に対して、希望のある季語の配合がよいです。

アネモネの風に折れしを飾りたり  平林檸檬

風に折れたのもまた自然の姿。それをそのまま飾る、自然体な暮らしが見えるところがいいと思いました。

風船を喪服の人も貰ひゆく  加藤ナオミ

差し出された風船をそのままもらってしまう大人。それが喪服であるところで、より一層ドラマが広がります。不条理小説の一場面のようでも。

終点は町のまんなか黄砂降る  古川朋子

終点が町の端っこであるとは限らないという、当たり前のことをあたらめて思い出されました。町全体に降り注ぐ黄砂もまた絵になります。

胸の子の内よりつかむ春ショール  すずきすずな

赤子の思いがけない力の強さに驚くことがあります。複雑なシチュエーションを17音で的確に読者に伝えているところも見事と思いました。

自転車で来たる大工や木の根明く  福嶋すず菜

木の根明くというレア季語を自然に一句に取り込んでいるところがうまいです。待ちに待った雪国の春を伝える上五中七がいいです。

秘書室の隠し扉や万愚節  朝本香織

嘘のような本当のような上五中七と万愚節との取り合わせがよいです。秘書室ってなんだか憧れがあります。

Tシャツのロゴの告白更衣  岡本亜美

ロゴで告白をするという発想があっぱれです。どんな言葉だったのか、句会で盛り上がること間違いなしです。

工作の塔ふはふはと春田道  河添美羽

「工作の塔」というフラットな言い方が魅力的です。田舎のおじいさんが趣味で作ったのでしょうか。季語「春田道」の平和さに心が癒やされます。

春宵の母子寮に湯の匂ひあり  白山土鳩

「湯の匂い」の昭和っぽい適度な色気がいいなと思いました。母子寮というものなんだかノスタルジーです。

花ぐもり古着に知らぬ子の名前  杉澤さやか

子供服の古着に名前が書かれていたという、日常のささいな発見をすくい上げた秀句。華やかさとあいまいな気持ちの交じる季語「花ぐもり」がよく合っています。

話したきことあふるるやゆきやなぎ  筒井晶子

地になだれこむ雪柳のように、話したいことが次から次へと溢れてくるのでしょう。一年以上続いたコロナ禍で、人との接触が格段に減った状況が長く続いています。話したいというシンプルな気持ちだけを抽出したところが見事と思います。

豆飯や双子のやうな老夫婦  土橋胡翔

老夫婦を句にするのはよくみますが、「双子のやうな」の飄々とした描写にぐっときました。加齢につれて男女差がなくなってくるのはなんだか平和です。季語も平和。

風そよぐ母の母校へ入学す  山根優子

母の母校へ入学す、というシンプルな素敵な状況がいいと思いました。過度な情報を加えていない上五「風そよぐ」がよいです。

ポルカポルカ春の夢から出られない  加留かるか

ポルカはポーランドの二拍子の軽快な舞曲のこと。春の夢から出られないというシチュエーションは華やかでありながらホラー味があります。映画『ミッドサマー』を思い出しました。

ポケットに去年の薬鳥雲に  三橋五七

ポケットに去年の○○シリーズは俳句においてたびたび見かけるのですが、そこに薬を持ってくる発想がすばらしいです。ふわーっとした季語も良い取り合わせです。

白魚にうまれかはりて吸はれたし  山岸清太郎

Mっぽいというのか、スピッツの歌詞にも通じるような世界観を俳句でみせたところが秀逸だと思いました。

歌佳境にてずり落つるサングラス  会田朋代

想像するとかなり面白いシチュエーションです。元EXILEのATSUSHIさんで脳内再生しました。「佳境」という言葉の真面目さがよく効いています。

道端のハンカチ拾う日永かな  沖山悠江

昔ながらの漫画のあるある「ハンカチを拾う」を実生活で出会ったことはありません。ふっと拾えるほど、清潔なハンカチなのでしょう。よい一日であったのかなと思いました。

卒業のアルバムで知る本音かな  金沢ゴイチ

寄書きか、文集のちょっとした文章か。なにもそんなところで本音を知らなくても、とかどんな本音であったのか、とか。すごく気になった句。

雪解やゆつくり伸ばす土踏まず  弦石マキ

まだ雪がのこる道をランニングするのでしょうか。きらきらとした日差しや道端の草の芽に春の訪れを感じながら。「ゆ」の音が効いています。

新緑や窓辺の席に撮るごはん  南波志稲

新しい習慣をさらりと詠んだところが好きです。気持ちのよい季語との取り合わせで、食べものの写真を撮ることへの罪悪感(フードポルノと呼ばれることも。)はないことが感じられます。

春深し縮こまる血管叱咤  宮崎久實

「血管叱咤」の強い下五にオリジナリティーがあり、心惹かれました。自分の意思ではどうにもできない体の反応(血管の拡張、収縮)を、自分の意思によってなんとかしようとしているところに人間味があって好きです。

このへんは家賃高いね初つばめ  霜田あゆ美

恋人同士がデートで訪れた町で一緒に住むことを想像してあれこれ話しているのかなと思いました。「初つばめ」という100%爽やかな季語がよいです。このくらいのテンションの恋の句が詠みたいなと思いました。

蒲公英の絮強く吹くマスクの子  後藤麻衣子

もはやマスクは冬の季語ではないと思います。マスク生活に馴染んでいる子どものさりげないスケッチが見事で、コロナ禍のリアルをすくい取った句だと思いました。

古本を棚になじませ春の宵  五十理化

たしかに古本はすぐには本棚に馴染まないこともあるなと思いました。「なじませる」というさりげない動詞がよいです。色気のある季語もよい配合です。


また、第2回蒼海賞の各賞から、好きだった句を。

初蟬や喪服の少しきつくなる  佐復桂(準賞「少しきつくなる」より)

たまにしか着ない喪服(しかも着るタイミングをあらかじめ知ることはできない)だからこそ感じる感覚だなと思いました。初蟬が残暑を思わせて、きつい喪服の忌々しさを追体験できます。樟脳の臭いも漂ってくるようです。

夏シャツや宴会場の隅に銅鑼  正山小種(準賞「一歩目」より)

たしかに見たことがある景色です。ちょっと昭和を感じさせます。季語「夏シャツ」のちょっとした意外性も遊び心があってよいと思いました。作者の俳句的感覚の良さを感じさせる作品で、ぜひ全句読んでみたいと思いました。

長き夜や耳に這ひ入る涙の音  小谷由果(奨励賞「白炎」より)

横になって涙を流しているのだと思いました。こういう感覚はたしかにあるし、これを句にしたものを見たことがなかったです。すごい句だなと思いました。ドラマを感じさせる季語「長き夜」も見事です。

アルバムに五つの旅や月涼し  本野櫻𩵋(奨励賞「ネガフィルム」より)

シンプルな措辞で過不足なく情報を伝えています。写真をプリントアウトしてアルバムにすることは個人的にはやらなくなったので、ノスタルジーも感じます。「月涼し」という気持ちのいい季語がよく効いています。



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