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結社誌「蒼海」の一句評まとめ

結社誌「蒼海」内の会員句の評を送り合うコーナー「青波光波」(せいはこうは)に投稿した評をまとめます。

雪搔をして人妻と喋りけり  渡邉慎太郎 
夜のあいだ降りつづいた雪がやんで、朝はやくに雪掻きをしている。近所の人妻とすこし喋る。雪の日は静かで二人の声だけがクリアに響く。人妻との会話で気持ちが高揚し、重労働の雪かきがはかどったのだろう。「けり」による省略が潔くて好ましい。こういったリアルな生活が感じられる俳句をもっと見たい。(蒼海4号)

母の母その母のこと春の川  西木理永 
ことばの力で魅せている異色の句。「は」の音の繰り返しが美しい。春の川が一本の家系図に重なった。母性遺伝であるミトコンドリアの遺伝配列をたどると、あるひとりの女性にたどりつくというミトコンドリアイブ説を思い出した。自分のなかの女性性を肯定しているおおらかな句だ。(蒼海5号)

for menと書かれて日傘売られをり  吉野由美 
日傘に「for men」のタグが付いている。きっと男性用の日傘はダークカラーで大きめなのだろう。作者はなにを思ったのだろうか。男性も日傘をさす時代になったのね。いやいや自分用に購入したのかも。わたしは一般的な(女性用の)日傘の花柄がすこし苦手だ。冒頭の「for men」が印象的で忘れられない一句。(蒼海6号)

小春日や笑顔で閉まるエレベーター  森あづさ 
作者はエレベーターの前で人を見送っている。エレベーターの扉がぴたりと閉まるまでその人は完璧な笑顔だった。小春日の陽気、笑顔がすてきなその人。しかしわたしはエレベーターが動き出したとたんにその笑顔がふっと消えるところを想像した。このシンプルな一句をどう読むのかはあなた次第だ。(蒼海7号)

すれ違ふ山手線や卒業す  内田創太 
卒業と山手線の取り合わせが最高。学生生活と通学電車の思い出は密接につながる。とくに地方かたの上京組にとって山手線は特別だ。卒業の日、この電車に乗るのはこれが最後かと感傷に浸る。「すれ違ふ」という言葉が登場人物の気持ちのすれ違いまで連想させる。小説「パラレルワールド・ラブストーリー」のように。(蒼海8号)

さよならの手の指の間を春の風  ちのきり穂 
ミクロな視点が面白い句だ。手→指→間とズームインしていく視点の誘導が巧み。さよならの手を振っているとき、指の間を通り抜ける春風を感じたことは一度もなかった。しかしこの句を読んだあとでは、指の間に春風のあたたかさを感じることができそうだ。「さよなら」という口語をそのまま使ったのも良い。(蒼海9号)

夜濯の頬もて袖を捲りけり  武田遼太郎 
手洗いで洗濯をしていると、袖がずるずると下がってくる。近くに誰かいれば袖を捲ってもらえるが、ひとりではそれができない。そこで自分の頬を使ったのだ。切字の「けり」に、裾が落ちてくる煩わしさから解放された爽快感が感じられる。さりげない日常のシーンを端的に一句にまとめた作者の力量に脱帽だ。(蒼海10号)

背番号順にありつく秋刀魚かな  紺乃ひつじ 
スポーツ強豪校の食堂での風景か。焼秋刀魚の提供が間に合わず、背番号順、すなわち選手として有能な順に提供されることに決定したのだ。かなり残酷な出来事だが、句の雰囲気は実におおらか。「ありつく」という動詞がユーモラスでいい。スポーツの秋、食欲の秋を両方表現している、気持ちのいい一句だ。(蒼海11号)

キャプテンを吾子と決めけり樟若葉  瀬名賀慎 
作者はスポーツチームの監督をしていて、誰をキャプテンにするかをずっと悩んでいる。そして我が子を指名すると決めた。贔屓だと言われる可能性もある。しかし季語「樟若葉」の明るさから、決断の後の晴れ晴れをした気持ちが感じられる。主宰とは違う解釈をしてみた。読者それぞれに物語が広がる秀句だ。(蒼海13号)

隣県の土産売る店桐の花  さとう独楽 
一読して笑ってしまった。なんて切れ味の鋭いツッコミ俳句だろう。ミーハーなわたしはここで喜んで萩の月や信玄餅や赤福を買う。そこを見逃さないのが俳人だ。店の外では高い木の枝先にうす紫色の桐の花が咲きはじめている。都会ではなかなか出会えない景色。夏の訪れを感じる等身大の旅だ。(蒼海14号)

凩にバター匂へる銀座かな  森沢悠子 
銀座はビルのせいで凩が強烈だ。そのなかでふわりと匂うバターに心が緩む。老舗洋菓子店か老舗洋食屋か。(とにかく老舗のなにかだ。)「かな」で締めくくる座りの良さも見事。バターは俳人に好まれる句材ゆえ類想に陥りやすいが、この句はシンプルでありながら類想感が全くない。一読して愛誦句になった。(蒼海15号)

まづ晴るる空を見上げよ大試験  濱ノ霞 
受験当日の受験生は緊張のために視界が狭くなりがちだ。作者の呼びかけに従い空を見上げると、胸を張る姿勢になり、そのまま深呼吸できそうだ。まわりに目がいき、冷静になれる。受験だけでなく人生の大事な場面においてわたしたちを導いてくれる堂々たる一句。この句の大試験は現代の入学試験と捉えたい。(蒼海16号)

春更くや指を折りつつ買ふ土産  杉本四十九士 
せっかく旅行に来ているのに土産を買うことに多く時間を費やす人(うちの母)を、昔はすこし馬鹿にしていた。でも土産をたくさん買うということは、常日頃からたくさんの人と関わって暮らしている証だ。指を折って数えている姿はなんだか健気でかわいい。春の盛りが過ぎた平和な季語の気分もよく合っている。(蒼海17号)









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