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蒼海16号 すきな句

窓に鳩ぶつかる音や春隣  堀本裕樹
連作「聴くごとく見よ」より。鳩の異常行動を冷静にみつめ「春隣」を感じる感性がよいと思いました。ヒッチコックの映画「鳥」をどこか思わせる一句。

老いらくの恋に駒鳥鳴き止まず  小津夜景
招待作品「駒鳥の隣人」より。「老いらくの恋」とずばり言っているのが斬新です。駒鳥は鳴き声が馬に似ていることからその名がついた鳥。老いらくの恋を囃し立てているかのよう。

焚火埃払うてくれし父のこと  加藤ナオミ
ふと服についた焚火埃をみて、かつての父との思い出が蘇ってきたのだと思いました。焚火の映像もはっきりと読者の胸に浮かんできます。「父のこと」の下五が巧みだと思いました。

雪漕いで訪問医師の来たりけり  つしまいくこ
「漕ぐ」という動詞が見事だと思いました。地域の雪深さ、訪問医師のタフさがあらわれています。訪問医師と患者(および家族)との距離の近さを感じました。

まだ口に餅のこりたる返事かな  犬星星人
「くちゃくちゃ」という音が聞こえてきます。滑稽な内容を淡々と詠むことで可笑しみがましてきます。

キムチ屋の隣りキムチ屋寒波来る  曲風彦
「キムチ屋」が続いているということはコリアンタウンでしょう。キムチは体を温めてくれるわけではないですが、不思議とこの季語と響き合います。

憎き人に憎き人あり除夜の鐘  牛尾冬吾
自分の憎い人にもまた別の憎い人がいると思うことで、執着が薄れるような気もしました。季語の斡旋が大胆です。

初夢は馬鹿がぎやうさんゐてはつた  国代鶏侍
関西弁の句が作れるのはうらやましいです。「〜してはる」は、一見悪口らしい内容を、そうじゃなくする魔法のワードだなとあらためて思いました。

そのほか好きな句です。(もっとあるのですが、全部あげていたらキリがないので……)

ジョーカーは真中にあり浮寝鳥  田中杏奈
霜の夜を埴輪の馬等寄り添ひぬ  福嶋すず菜
僕が具になるよと言ひて闇汁へ  山岸清太郎
年玉や勘当したき奴なれど  鈴木トモオ
賽銭は温めてから初詣  会田朋代
春炬燵アマチュア俳句にも期日  板坂壽一
うちうちに姉送る日や室の花  おざわけいこ
老女将師走のレジに並びをり  白山土鳩
春風や振られし人と遠会釈  中村想吉
低きより立合ひ初場所の小兵  森沢悠子
狐火や二十歳の母の走り書き  和田萌
行かぬこと決めて眠らん寒の雨  中島潤也
まづ晴るる空を見上げよ大試験  濱ノ霞
おもはずに喪主と握手や寒桜  さとう独楽
冬帝や左へ綴るアラビア語  杉本四十九士
バレー部のジャージ真紅に初参り  谷口詠美
のしかかる蒲団に飛騨のにほひかな  窪田千滴
愛の付く病院多し冬うらら  牟苑濁布
君の名を連ねしノート卒業す  神田順二
うぐひす餅の羽根のあたりを抓みけり  山口ち加
黒猫の雲脂銀河めく漱石忌  河添美羽
快晴の一穴をなす寒鴉かな  楠木文鳥
入れ替ふるパジャマのゴムや年惜しむ  澁谷洋子
啓蟄や失せ物とりに地下の地下  谷けい
音孔に小指みじかし春隣  筒井晶子
門松や家族のごとく写りをり  中井気楽人
ぐるぐると春のコーヒー二重あご  中川裕規
歯茎に血みなぎる馬よ朝焚火  早田駒斗
寒いねえ女将のせいぢやないけどよ  宮崎久實
付き添ひの顔して歩く雪をんな  霜田あゆ美
「秋子誕」と母の文字あり古暦  江口秋子
十二月八日前へナラへバ海ノ底  プロイス百代





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