羅生門 その後

 芥川龍之介『羅生門』の結末「下人の行方は、誰もしらない。」の続きを創作。

◇ ◇ ◇

 下人はいったん洛外まで逃れたが、日が昇ると洛中の市場を目指した。
 一人の通りがかった男が立ち止まった。その着物に見覚えがあると言う。

「どこで手に入れた?」
「教える筋合いはない。買わぬなら去ね」

 下人は男を追い払いたかったが、男はなかなか引き下がらない。

「買えば明かすか。いくらだ?」

 下人は男の謂を本気にせず、気まぐれに、暇を出されるまでもらっていた月毎の給金の十倍の値段をふっかけた。新しくもない着物に、誰がそんな金を払うだろう。
 しかし男は、懐から出した財布の口を開けて悠々と中を下人に見せた。
 下人は、この着物は羅生門の楼上にいた老婆のものであったことだけを言った。
 男は何事かを考えている風を見せたが、やがて、

「俺をその婆に会わせたら倍の金を払おう。どうだ」

 そんなことを持ちかけてきた。
 あの老婆はもう生きてはいまいと下人は思う。
 その老婆が、疫病で死んだ女の骸から髪を抜いていたこと、その女の生前の行い、即ち、蛇を四寸ばかりずつに切って干したものを干し魚と偽って太刀帯の陣で売っていたらしいことも話した。
 すると男は、その女を知っていると言った。

「あの干し魚が本当の魚でないことはわかっていた。ちょっといい女だったし、俺は知らぬふりで買っていたがね。あの女が、その着物を着た婆に何やら話しかけられているのを見たのが最後だ。──そうか、死んでしまったのか。惜しいことだ」

 男は、老婆の言っていた「太刀帯ども」の一人だったのだ。
 下人はこの因果因縁にたいそう寒気を覚え、昨夜引剥ぎをして老婆の着物を奪ったことを太刀帯の男に明かした。

「俺を捕えればいい。どうせこの先、食えずに行き倒れだ」

 男は下人の顔をまじまじと見たが、しかしどうでもよさそうに言った。

「──大方そんなことだろうと思った。だが俺はもう太刀帯を辞めて郷里に帰るところだ。おまえを捕らえたところでどうしようもない」

 男は首を振り、さらに、

「あの女の行く末が知れたのだからもういい。これであの女を供養してやってくれ」

 そう言って男はいくらかの銭を下人に渡した。

「あの婆がもう生きてはおらぬなら、おまえも寝覚めが悪かろう。ついでに弔ってやるんだな」

 男は老婆の着物を受けとらず、こう言い残して去った。

「おまえは良さそうな太刀を持っている。太刀帯の陣に持っていけば売れるだろう」

 下人は再び、その日のうちに羅生門の下に戻った。門の上空では、相変わらずからすの大群が騒いでいる。
 楼上に残るは数多の骨とわずかな肉片のみで、老婆の姿も見あたらなかった。
 下人は偽の干し魚を売った女のものと思しき髪を拾い集めた。そして羅生門の傍らに穴を掘り、女の髪と、己が老婆から奪った着物とを一緒に埋め、ともかくも手を合わせた。
 太刀帯の陣に向かった下人は、しかし太刀を売るには至らなかった。人が足りないからと誘われ、仕事の口を得たのである。
 その数日後のこと。昼時に現れた物売りを見て、太刀帯となった下人は腰を抜かした。

「干し魚は要らないかね」

 檜皮色の着物を着た老婆が立っていた。その手首に長い長い毛髪を何本も巻きつけた老婆は、下人を見て意味ありな笑みを浮かべた。
 下人はその日の勤めを終えると、夕闇の洛中を走って羅生門へ向かった。
 髪と着物を埋めた辺りへ近づいてみると、手荒く掘り返された跡があった。






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