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映画「犬王」感想

 一言で、猿楽と能で惹かれ合った2人の青年が駆け抜けた、600年に渡る熱い友愛物語です。内容は色んな意味で賛否両論ありそうですが、一度観たら忘れられない、和風ミュージカル・ロックフェスの最高傑作アニメでした。

評価「B」

※以降はネタバレを含みますので、未視聴の方は閲覧注意です。

 本作は、アニメ制作スタジオ「サイエンスSARU」に所属されていた湯浅政明監督のアニメ映画です。原作は、古川日出男氏の同名小説「平家物語 犬王の巻」で、脚本は「アンナチュラル」や「罪の声」などを手掛けた野木亜紀子氏が、キャラクター原案は「鉄コン筋クリート」・「ピンポン」の松本大洋氏が務めています。
 尚、湯浅政明氏は、2020年にサイエンスSARU代表取締役社長を退任されており、本作監督作業後は「充電期間」に入られます。

※作中では登場人物らの「特性」を表現する言葉として、現代の「差別用語」が使用されます。本感想でも、その言葉が「登場」しますが、そこに「悪意」や「差別の意図」はございません。

・主なあらすじ

 時は600年前の南北朝時代、2つの朝廷が権力を争っていました。その終止符を打つのに必要なのは、嘗て平家が持っていた「三種の神器」です。しかし、その一つの「剣」だけは何故か見つからず、幾年も渡って捜索が続けられていました。

 壇ノ浦の小さな漁村に住んでいた一人の少年「五百の友魚(いおのともな)」は、ある日父と共に、貴族の命令を受け、前述した「宝」を探します。沈没船の下から見つかった「桐の箱」には、何とお目当ての「剣」が…しかし父がその刀を手にしたとき、水面が光り、剣を露わにした「天罰」により父は死亡し、友魚は盲目(めしい)になってしまいました。
 彼は、父の「亡霊」と母に背中を押され、京の都へ旅立ちます。やがて琵琶法師一座の「覚一座」に入り、「友一」という名を授かりますが、彼はその名で一座にで生きることを躊躇します。

 同じ頃、都ではもう一人の「少年」がいました。彼の父は猿楽能の一派「比叡座」の棟梁でしたが、少年は生まれつきの「特異体質」により、人間以下の畜生の扱いを受けていました。しかし、能楽師の才能を受け継いでいた彼は、その体質を活かして、独特の舞を舞ったのです。顔に「瓢箪の面」を被り、長さの違う手足を振り回して、自分が人目を引く存在なのを楽しんでいました。

 やがて2人は出会い、「音を奏でる者」と「舞う者」としてコンビを組み、演奏活動に興じます。やがて舞の少年は、自らを「犬王(いぬおう)」と名乗り、新たな物語が幕を開けます…

・主な登場人物

・犬王 (声 : アヴちゃん(女王蜂))
 本作の主人公。彼の父は近江猿楽能の一派「比叡座」の棟梁ですが、「呪い」によって「異形」の姿で生まれたせいで、顔を瓢箪の面で隠し、「犬の子」として育てられました。厳しい境遇で育ったにも関わらず、とてもひょうきんな子供に育ち、また見様見真似で舞い、芸を極める毎に、体の変形が一つずつ「解かれていく」ことに気づきます。やがて友魚と出会い、芸術のスターダムにのし上がっていきます。

・友魚/友一/友有 (声 : 森山未來)
 本作のもう一人の主人公。壇ノ浦の漁師の子で、上記の「理由」により、盲目になります。都を目指す道中にて、琵琶法師に出会い、弟子入りして同業者の一座「覚一座」にて、「友一」の名を授かります。ひょんなことから、犬王と出会い、芸を極めます。やがて、座から独立して「友有」と改名し、2人で芸術のスターダムにのし上がりますが…

・足利義満 (声 : 柄本佑)
 室町幕府第3代将軍で、南北朝廷統一を果たします。また、芸術を愛する文化人で、観阿弥・世阿弥親子、犬王の父に目をかけます。やがて、犬王と友魚の人気ぶりにも一目置きますが…

・犬王の父 (声 : 津田健次郎)
 猿楽の一座・比叡座の棟梁で、犬王の実父。能楽師として名を挙げるためなら、手段を選ばない「芸の鬼」で、息子の肉体すらも「魔物への生贄」に捧げてしまいます。しかし、異形の息子であった犬王の活躍に、さらなる嫉妬心を燃やしてしまい…

・友魚の父 (声 : 松重豊)
 友魚の実父。不慮の「事故」により、命を落としますが、「亡霊」となって息子に、時に熱く、時に厳しく忠告や注文を投げかけます。

 アヴちゃんさん・森山未來さん・柄本佑さんは本業声優ではありませんが、役柄と声がピッタリあっていました。前御二人に関しては、歌唱力も素晴らしく、耳に残っています。
 津田健次郎さんは、NHK朝の連続テレビ小説「エール」でナレーションを務めて以降、出演作が増えたと思います。今、乗りに乗っていらっしゃいますね。
 松重豊さんは、そのまま「松重豊さん」でしたが、コミカルで時に厳しい父親役がとても合っていました。

 本作、予告のインパクトは絶大かつ、結構注目度が高かったので、口コミでうまく広がってほしいと思っていました。
 私が観に行った回は、第一週目の3日目でしたが、意外とお客さんが多く入っていました。一席ずつ開けて、8割位埋まっていたので、気になっていた方は多かったのかもしれません。(トップガン マーヴェリックやシン・ウルトラマンと同時期公開ですが、健闘はしてると思います。)

1. そもそも「犬王」とは?

 犬王(いぬおう、後の「犬阿弥」/「道阿弥」)は、観阿弥と同時期に活躍した近江猿楽日吉座の大夫で、実在の人物です。猿楽能の名手として観世座の観阿弥・世阿弥と人気を二分したと言われています。
 彼は、生年不詳で、謎の多い生涯を送りましたが、活動時期からすると、観阿弥と同世代もしくは多少年下と推測されています。
 観阿弥・世阿弥(本作では「藤若」)による、物まねを主体とする「大和猿楽」に対し、犬王は風流歌舞を旨とする「近江猿楽」の芸風をよく体現し、広く人気を集めたとされています。
 一時、庇護者足利義満の不興をこうむりましたが、後に赦され、義満の法名「道義」から一字をもらって阿弥号「犬阿弥」を「道阿弥」に改めました。
 同時代を生きた観阿弥、世阿弥とともに、三代将軍足利義満の愛顧を受け、二者よりも贔屓にされていたと言われています。犬王自身も、観阿弥を敬慕し、その息子の世阿弥は、犬王の才能を高く評価し、彼の「舞」の一部を自身の流派に取り入れたと言われています。

 尚、本作の「原作」は、上記のような犬王の「実話」をもとに、軍記物の名作「平家物語」の現代語訳を手掛けた古川日出男氏によって、その「平家物語」に連なる物語として書かれました。
 しかし、その作品自体は「現存」しておらず、「平家物語」にも「作品はいっさい既存していない」と記されているため、「幻の作品」となっております。
 そのため、古川氏は、歴史にはわずかにしか書き記されていない「犬王」の存在を大胆に解釈して、オリジナルの物語を作り上げました。
(ここまでは、Wikipediaページより引用。)

2. 本作は、「闇鍋ごった煮」な和風ミュージカルの最高傑作である。

 本作は、とにかく色んなジャンルの音楽やダンスを取り入れた「闇鍋ごった煮」な和風ミュージカルアニメ映画です。
 音楽ならロック・ヒップホップ・R&Bなど、ダンスならクラシックバレエ・コンテンポラリーダンス・体操・エアリアルシルクなど、本来の時代なら、「あり得ない」ジャンルの芸術ですが、本作ではそれらをうまく組み合わせており、見事に一つの作品を創り上げていました。

 これは飽くまでも一個人の主観ですが、湯浅政明監督作品は、その独特な作風故に、「当たり外れ」が大きいように感じます。 
 特に、「四畳半神話体系」や「世にも短しあるけよ乙女」、「映像研には手を出すな!」のような、ゴチャゴチャカオスで、どこかオタクのスパイスが効いた作品が高評価を受けています。この辺の作品には「森見登美彦氏」と「ヨーロッパ企画」が絡んでいます。(「映像研」を除く。)
 やはり、「湯浅政明監督×森見登美彦氏×ヨーロッパ企画」は相性が良いのでしょう。それ故に、視聴者の好みはかなり分かれます。正直、オリジナルよりも、リメイクの方が上手くいくタイプで、原作の良さがカッチリ嵌まれば、ヒットに繋がる感じがします。

3. 本作は「ボーイ・ミーツ・ボーイ」の作品である。

 本作は、「ボーイ・ミーツ・ボーイ」の物語で、友魚と犬王が出会い、関係を深めて、周囲に影響を与えていきます。青年達の「熱い友愛物語」(ブロマンスまで行くかは微妙だが)であり、所謂「ヒロイン」は不在です。※勿論、2人の母や、2人を「推してくれる」女性(後述します)は描かれますが、何れもヒロインというほど、深く掘り下げられてはいません。
 そういう点では、本作は従来「ボーイ・ミーツ・ガール」が多かった日本のアニメに、一つ新たな描き方を与えた作品だったと思います。

4. 既存の作品の色んな要素を組み合わせているが、それを見事に「昇華」している。

 私は鑑賞前に本作のポスターを観たとき、「これは賛否両論になりそうだ」という直感が働きました。そして、鑑賞後、その考えは強まりました。
 その理由ですが、恐らく「既視感」・「作風の癖の強さ」ではないかと思います。

 まず、「既視感」については、「プロット被り」と「表現方法」だと思います。前者は、「どろろ」・「犬夜叉」・「オペラ座の怪人」・「KUBO/クボ 二本の弦の秘密」・「フォレスト・ガンプ」辺りと被っています。生まれつきの「ハンディキャップ」や、LGBT-Qなどの「マイノリティー」を主人公にする点はもろにそれでした。
 特に、犬王が芸を極める毎に「平家の亡霊」を「解放」すると、体のパーツが「正常」になるところは、まんま「どろろ」でした。しかし、「妖怪」と戦って倒すのではなく、「芸術」で魂を解放するというプロセスは異なります。この辺は「リメンバー・ミー」とも重なるかもしれません。※そういえば、アニメ「どろろ」の主題歌は女王蜂さんでしたので、やはりシンパシーを感じます。
 ちなみに、少し前まで放送していた同じサイエンスSARUのTVアニメ「平家物語」(山田尚子監督)とも、重なる視点もあり、違う点もありました。(例 : 壇ノ浦の戦い・琵琶法師の描き方・謡曲の表現の違いなど。)

 後者は、リン=マニュエル・ミランダのミュージカル「ハミルトン」・映画「座頭市」(北野武版)のように、本来の時代なら、「あり得ない」ジャンルの芸術を敢えて作品に取り入れることで、インパクト大でスパイスの効いた作品に仕上げていました。
 また、マイケル・ジャクソンのダンスやQUEENみたいな演出、賛美歌のアレンジも多く見られ、洋楽推しには堪らなかったです。
 例えば、「鯨」の歌の手拍子とベース音は、QUEENの「We Will Rock You」みたいでしたし、ダンスシーンはまるで森山未來さんが本当に踊っているかのようでした。
 そして、彼らのメイクも、キッスやデビッド・ボウイみたいなビジュアル系アーティストを彷彿とさせました。

 これらは、「バブル」の感想でも述べましたが、本作を楽しめる人は、他作品からの「オマージュ」をポジティブに受け取れる人かなと思います。
 一方で、「所詮雰囲気アニメ」、「既視感ありまくり」、「二番煎じの劣化作品」だと感じて、引っかかってしまう人、乗り切れなかった人も確実にいると思います。

 そして、「作風の癖の強さ」について。絵柄は松本大洋氏の才能が爆発していますが、「かなり癖が強い」ので、好き嫌いはハッキリと分かれそうでした。全体的には、面白い絵柄ではあるものの、ツリ目で白く化粧した顔がスクリーンに映ると、結構怖くて不安になりました。ある意味、「不気味の谷現象」に陥るかもしれません。

5. 2人が「視えている」世界の表現が凄いし、思わず「聖地巡礼」したくなる!

 まず、本作は、2人が「視えている」世界を「色彩で表現する」ことで、その独特な世界観をしっかりと構築していました。
 例えば、風や雨音などの自然現象の音や、人の話し声、動物の動きにそれぞれ違った「色がつく」のです。
 だからこそ、友魚の「視力が喪われた世界(盲目だから)」や犬王の「視界が欠けている(面により)」世界が際立っていました。これはアニメならではの表現方法だなと感心しました。
 ちなみに、動物を連れて歩く犬王は、正に「ディズニープリンセス」でした(笑)。

 また、彼らは流れ者で、色んな場所を「旅」していきます。現代の観光地が沢山映るので、私も彼らの軌跡を辿って「聖地巡礼」したくなりました。
 例えば、下関の壇ノ浦・広島の厳島神社・京都の三条大橋・等持院・清水寺・八坂神社・花岡八幡宮などが彼らの芸術の舞台となるので、彼らが本当に「実在」したのではないかと思えるほど、リアリティーがありました。

6. 本作は、「マイノリティー」の物語である。

 本作のメインキャラクターの犬王と友魚は、時代的にも社会的にも、「マイノリティー」の存在です。現代なら、「ハンディキャップ当事者」や「LGBT-Q」に当てはまるでしょう。

 まず友魚は、元は僧侶でしたが、音楽活動を始めてからは長髪になり、遊女の着物を着崩して琵琶を弾きます。
 また犬王は、顔に色んな動物のお面を付け、体の「特徴」を活かしてダンスを披露します。

 その個性的すぎるパフォーマンスから、世間からは「イロモノ」扱いされた2人ですが、彼らは至って活き活き、伸び伸びとしていました。彼らのパフォーマンスの高さは、徐々に広まり、やがて街中の人々の熱狂的な人気を得て、一気にその名を轟かします。
 「周りと何か違う」ことで、「不便」なことは沢山あるし、「偏見」は多かったはずです。しかしそれは「悲劇」でも「不幸」でもない、寧ろ自分達に「取り憑いている亡霊」達を解放し、彼らが生きていた「証」をこの世に残す・後世に伝えるのが、彼らへの弔いだ!と、彼らは自分達に「課せられた」物を、生きる原動力していくのです。

 このコンビに、アブちゃんさんと森山未來さんをキャスティングしたのは、本当にピッタリだったなと思います。アヴちゃんさん・森山未來さんどちらも「ジェンダーレス」な印象が強い方なので。そして、2人の独特な歌唱力と歌唱法が半端ないので、いつまでも耳に残ります。

7. 本作は、名前の「祝福」と「呪い」の物語である。

 本作のテーマのメインテーマは、「芸術」や「マイノリティー」だと思いますが、実は「名前」も重要なテーマになっています。本作は、名前の「祝福」と「呪い」の物語なのではないかと思います。

 「名前」は、親が子供に最初に渡す贈り物と言われます。友魚の亡父は、「名前はその人を表すもの、だから名前のないやつは見つけることができない」と言い、「名前を忘れるな」と忠告します。やがて、友魚は、生涯に渡って「3回」改名しており、(友魚→友一→友有)「名を挙げる(改名する)」ことで栄光を手にしましたが、「友魚」の名を忘れることはありませんでした。※ちなみに、亡父、「アラジン」のジーニーみたいで可愛かったです。
 一方で、誰かに名前を付けてもらえなかった「面の少年」は、自らを「犬王」と名乗り、2人の活動の際は改名せず、「犬王」の名を貫きます。

 足利義満の宴の日、遂に彼らは最大のパフォーマンスを披露する機会に恵まれました。義満の妻の業子(なりこ)は犬王のファンで、まるで「推し活」をするかのように喜んでいましたし、観阿弥と藤若も、その舞台を見学していました。しかし、その陰では2人の活躍を快く思わない者がいたのです。
 それは「犬王の父」でした。魔物と契約を結び、一族の「繁栄」と引き換えに、犬王に「呪い」をかけ、異形としてこの世に誕生させたのです。そのため、彼は「魔物が潜んでいる」紫のお面を隠し持っていました。※犬王の体が「変化」するたびに、血を吸った三種の神器の刀が何度も「振動」するのは、この呪いのせいだったというのが作中では何度も示されます。

 その日が「皆既日食」の日だったというのも、運命的な演出でした。古来より、皆既日食は「不吉」とされており、本来は外出すら避けられていたのです。だから、この日にパフォーマンスをするということは、誰かに「不吉」が降り注ぐかもしれない、といった危惧はありました。

 パフォーマンスが続く中、友魚は犬王の「面」が取れないことに気づきます。やがて、友魚と犬王の記憶が「混在」し、友魚は視力を喪う前の少年に戻って水中を泳ぎだします。胎児の犬王に掛けられた「呪い」を解き、「祝福」を与えた友魚、すると犬王の面が外れて、「真の顔」が顕になったのです。それはもう、丹精で「正常」な顔つきでした。それと引き換えに、犬王の父は呪いの返り討ちにあって、全身が「爆発」して死亡しました。※胎児の下りは、「AKIRA」っぽかったです。

 しかし、足利義満は南北朝廷統一後、突如として彼らのパフォーマンスを一切禁じてしまいます。バンドの仲間達は処刑され、友魚にも逮捕の手が及びます。「覚一座」で匿われたとき、周囲からは「友一」と名乗れと忠告されますが、友魚は「それは名前を捨てることだからしない」と拒否し、すったもんだの末、連行されて処刑されました。つまり、彼は名前によって「祝福」を受けたけれど、名前が「呪い」となって命を落としたのです。

 一方で、義満と業子から寵愛を受けていた犬王は、義満より自分達のパフォーマンスを封じるよう、命令を受けます。一瞬戸惑いを見せた彼でしたが、やがてそれを了承したのです。このときは、既に犬王の顔は「綺麗」になっており、義満の前では「やりきった」顔をしていました。そして、「犬阿弥」・「道阿弥」と改名し、芸の道を突き進んだのです。

  ここは、名前を「捨てられなかった」友魚と、名前を「捨てた(改名した)」犬王との対比になっています。また、顔が綺麗になって「普通(マジョリティー)」になった犬王と、最後まで盲目で「マイノリティー」のままだった友魚との対比にもなっており、非常に残酷な描写でした。

 しかし、一見すると芸を「封印」したように見えた犬王ですが、体は「完全」でも、心が「死んだ」ようにも見えてしまうのです。音が「無くなり」、表情が「無」になった、犬王の能の舞は本当に切なかったです。

8. 本作は、青年たちの熱い「友愛」のドラマである。

 ラストの600年後の現代、みずぼらしい老人の前に、一人の青年の幻影が姿を現します。そして、「見つけた」と一言呟いて、物語は幕を閉じるのです。

 犬王は、体では「マイノリティー」捨ててしまいましたが、心では捨ててなかったのでしょう。だから、ずっと「心の友」だった友魚を探し続けてたのかもしれません。一方で、友魚は、何度も「転生」して犬王を探していたのではないかと思います。ここは、ブロマンスとまではいかなくても、600年に渡る男たちの熱い「友愛」を感じました。

 本作、「犬王」の物語として見れば「バッドエンド」ですが、2人の友愛物語として見れば、「メリーバッドエンド / オープンエンド」だとも思います。正に、「受け手によって結末の捉え方が異なる」パターンだと思います。

9. 本作は「消えてしまった」文化の物語である。

 本作では、猿楽や能を通して、文化を「残す」・「変容させられる」ことへの是非が問われています。

 本作では、2つの「猿楽能の流派」が登場します。一つは、観阿弥・世阿弥(藤若)が所属した「大和猿楽」の流れを汲む「結崎座(ゆうざきざ)」(後の「観世座」)、もう一つは犬王の父が所属した「近江猿楽」の流れを汲む「比叡座」です。
 1で前述より、大和猿楽が「ものまね的」なのに対し,近江猿楽は「歌舞本位」で幽玄・風情を中心としました。
 しかし、近江各地の猿楽の多くは室町末期に滅んでしまい、あるいは大和四座に吸収されました。一方で、大和猿楽は豊臣秀吉や江戸幕府の保護により、技芸の練磨に専念し、現在のシテ方5流に命脈を繋いでいます。

 結局、史実では、歴史の「覇者」は観阿弥・世阿弥となり、犬王と友魚は「敗者」となってしまったのです。
 もし、藤若と2人の間に、何らかの交流があれば、未来は違ったのかもしれません。ありえないかもしれないけど、そうなってほしかったとも望んでしまいます。
 これは、正に「マジョリティー」が「マイノリティー」を潰し、文化を「消してしまった」悲しき構図ではないかと思いました。

 猿楽や能に限らず、果たして現代の私達が「知っている」ことは、本当に「真実」なのでしょうか?結局、「正しい」ことや「真実」は、その時々、伝え手や受け手の解釈で幾らでも変わってしまうものなのでしょう。

10. 歴史背景を踏まえて観ると、より楽しめるかもしれない。あと意外と「グロい」。

 本作は、南北朝時代の話なので、少なからず歴史背景や能・猿楽などの芸術について知ってたほうが「多少は」わかりやすいかもしれません。※勿論、その辺に詳しくなくても十分楽しめます。
 ある意味、史実や原作小説を知った上で、その「答え合わせ」がしたい人向けの作品かもしれません。※ここは、山田尚子監督版の「平家物語」と同じかなと思います。
 どうしても、映画やアニメの尺は決められているので、描くことは「取捨選択」しなくてはなりません。特に時代劇の場合、リアルな「長さ」をそのまま尺に当てはめることはほぼ不可能です。そのため、「どこを強調し、どこを削るか」、というのはクリエイター様の常時の悩みかもしれません。

 また、意外と「グロい」ので、小学生以下のお子様や、大人でもグロ描写が苦手な方の視聴は要注意です。※本作のレーティングは「G」なので、特に視聴制限はありませんが。
 例えば、体から血が噴出するシーンや斬首のシーンがそれに当たります。

 中世の日本は、政治制度はあれど、現代のような「三権分立」の概念は無く、また「司法制度」も有るようで無かった世界です。(勿論、警察組織はあるので、「無い」と言えば語弊がありますが。) 結局、偉い人の裁量・感情論で人の命の処遇が簡単に決められてしまう恐ろしさを感じました。

 そして「ハンディキャップ」や「LGBT-Q」、「性の目線」の描き方も、お子様がそれらを「理解」できるか、また保護者の方が「適切に説明」できるかも、重要になってきます。
 例えば、友魚についた「キスマークの嵐」は何なのか、建物から出てくるとき、「そういう」ことを匂わせる描写があったり、足利義満が藤若へ向ける「目線」が妙に生々しかったり。※恐らく、藤若は「お稚児さん」なので、「そういう」関係は連想されます。勿論、決して実在の人物に対する中傷ではございません。

  後、「お面(人形)恐怖症」や「ピエロ恐怖症」の人もキツいかもしれないですね。

11. ライブシーンが結構長かった。

 本作で「気になった」こととして、敢えて言うなら、「ライブシーンが結構長かった」ことでしょうか。
 2人の歌唱力はとても素晴らしく、演出もインパクトがあって凝っていたので、かなり印象に残るのですが、毎回丸々一曲分(3-4分)くらい歌っているせいか、時々「長い」と感じることもありました。
 それでも、全体を通せばそこまでの「欠点」という訳でもないです。

12. 今年公開の作品は、「マイノリティー」を描く作品が多い。

 振り返ると、今年公開された作品って、「マイノリティー」を描くものが多いと思います。やはり、現代の「ホットスポット」なんでしょうね。それだけ、「当事者」が多いということでしょうか。

 本作はこれでもかと言うくらい、「尖った」作品なので、正直「万人受け」は難しい感じですが、とにかく右フック・左フックで殴られ続けるくらい、インパクトは大きかったです。本作も映画館だからこそ「光る」作品なので、是非、一度は観ていただきたいです。

 もし興行的に成功すれば、米国アカデミー賞・アニー賞ノミネートに行くかもしれません。無論、そこまではいかなくても、是非、東宝や劇団四季、宝塚歌劇団でミュージカル化してほしい作品です!

 最後に、もし機会があれば「応援上映」開催してくれないかな~なんて思っています。

出典:

・「犬王」公式サイト
https://inuoh-anime.com/

・「犬王」公式パンフレット

・「犬王」Wikipediaページhttps://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E7%8A%AC%E7%8E%8B_

・「犬王 (アニメ映画)」Wikipediaページhttps://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E7%8A%AC%E7%8E%8B_(%E3%82%A2%E3%83%8B%E3%83%A1%E6%98%A0%E7%94%BB)

・女王蜂(バンド)Wikipediaページhttps://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%A5%B3%E7%8E%8B%E8%9C%82_(%E3%83%90%E3%83%B3%E3%83%89)

・「大和猿楽」Wikipediaページhttps://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%92%8C%E7%8C%BF%E6%A5%BD

・「近江猿楽」能楽用語事典
https://db2.the-noh.com/jdic/2011/12/post_296.html

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