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都内在住の我が家、初めての愛車が軽トラになった

小学生の頃、友達のお母さんが塾のお迎えにきた。
さらさらの長い髪に華奢な体。
なのに、でっかいパジェロを颯爽と運転していた。
その姿がめちゃくちゃかっこよくて、私も大人になったらパジェロに乗りたいと思った。

中学生の頃、同級生の友達と映画を観た。
帰り、友達のお父さんが迎えに来てくれた。
BMWだった。
私も一緒に乗せてもらったら、フカフカの革のシートで、嗅いだことのない高級な匂いがした。車体の揺れも少なくて、車なのにこんな快適な空間あるんだと思った。

大人になって、
夫と近所のショッピングモールを歩いていると、MINIが展示されていた。
洗練された外観にうっとりし、「かわいい、かわいい、これ欲しい」と撫でまわした。
気づいたらアンケートに答え、MINIグッズをもらっていた。車は買わなかった。

私の人生を通り過ぎていった美しい車達。
そのどれかが我が家に来て、ドライブすることを夢見る。

行き先は横浜。

マリンルージュで愛されて
大黒埠頭で虹を見て
シーガーディアンで酔わされる
そんなファビュラスな人生を送りたい。

そう願っていた、2022年夏。

我が家にやって来たのは、
白い軽トラだった。

         ◆

「ねえ、コーヒー屋やろうと思うんだけど」
夫に相談されたのは約2年前。

夫はコーヒーが好きだ。
レストランでコーヒーか紅茶か聞かれると必ずコーヒーを頼む。
喉が渇いたと言って自販機の前に立つと迷わずブラックコーヒーのボタンを押す。
昔からそうらしい。
小学生の頃、日曜になると父親によく新宿に連れて行ってもらったという。
お昼には駅近のカフェハイチでドライカレーを食べ、ハイチコーヒーを飲んだそうだ。
その後父親と一緒に競馬新聞を見ながら馬券を買い、休憩で訪れるのは決まってドトールだったんだとか。
…全然かわいくない。
まるで典型的な昭和のおっさんになるための英才教育を受けているみたいだなと思う。
ただ、その傍らには決まってコーヒーが存在していた。

そんなコーヒー刷り込み教育を施された夫は当然コーヒー好きになった。そして彼の中に流れる血が、このコロナ禍で沸々と熱くなっていった。

         ◆

ある日、朝起きるとシャンシャンシャンシャン聴きなれない音がした。
商店街の福引きが高速回転しているような音。
リビングに行くと、夫がコンロの前で何やら機械を回している。
聞けばコーヒー豆を焙煎しているという。
コロナ禍でおうち時間が長くなった。その間に焙煎方法をYouTubeで学び、焙煎機は家庭用の物をメルカリで買ったんだとか。

ハマりやすい性格の夫ゆえ、その後定期的な焙煎活動が始まった。
家には焙煎グッズが増え、私のキッチンコーナーを侵食し始めた。ちょっと気になる。
いや、正直言うと大分気になる。
とはいえ、朝食担当が夫になり、毎朝こだわりのコーヒーが飲める点を考えると文句は言えなかった。

沸々と湧き上がる熱は、まるでマグマだ。一定レベルを超えると誰も抑えられない。
コーヒー好きの一般人が趣味でやるレベルを越えているのでは?そう気づいた頃には、時既に遅しであった。
夫は、公認会計士として10年以上大手監査法人に勤め安定収入があったのだが、そんなことよりコーヒーのお店を出したくて出したくてたまらなくなっていた。

ところで、お店を出すにも色々方法がある。
固定店舗を持つ方法、週替わりのレンタル店舗で出店する方法などだ。
コストとお店を出す頻度など考えた結果、週末限定のキッチンカーで出すということになった。
そして、コーヒー屋をやりながら今までと同じレベルの仕事はできないという理由で長年勤めた会社を辞めた。

         ◆

白い軽トラがキッチンカーになる。
そこはいわば夫の城である。
焙煎も、抽出も、販売も、キッチンカー内でできるようにしなければならない。
こだわりは人一倍強いものの、社会情勢の影響で車の値段が上がっているので贅沢はできない。
大枠の改造はキッチンカー専門業者にお願いしたが、コストを下げるため、外観は自分で塗料を取り寄せ、友人達の力も借りて理想の色に塗装した。内装もなるべくDIYをした。

結果、こんな軽トラが、



こうなって、


最終的にこうなった。



         ◆

2022年冬。
ようやくコーヒー屋がオープンした。
不定期で、週末限定。
毎回反省点は出るものの自分の自信作のコーヒーをお客様に飲んでもらうのはとても楽しそうである。

私も車に乗せてもらう。
直角でリクライニングゼロの助手席。
大きくカーブすると、荷台から聞こえる何かがゴロンと転がる音。
高さオーバーでほぼ駐車できない23区内のショッピングモール。

こんなドライブじゃ
ボーリング場でカッコつけて
ブルーライトバーで泣き濡れて
ハーバービューの部屋に泊まるようなファンタスティックな夢は見られそうもない。

だけど、私もコーヒー屋のお手伝いに行くと、同じ公園でキッチンカーを出している方との交流があり、彼らの提供する食べ物が驚くほど美味しかったりする。

そこには、サザンが歌にするようなロマンチックな派手さはなくとも、今まで全然知らなかった楽しさや温かな充実感があるのだ。

コーヒー屋の様子です↓

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