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フルフェイスな女

友人のF子は、美人で頭もよく、人に対する気配りも細やか。広告代理店の制作推進として完璧な仕事をこなす。社内外のクリエーターたちからの信頼もあつい、いわゆる才媛である。

そんな彼女の唯一ともいえる欠点が超のつくおっちょこちょい。笑えるエピソードがしばしランチタイムの話題をひとり占めする。

彼女は、都下のとあるベッドタウンに住んでいる。最寄りの駅まで徒歩で20分ほどかかるので、原チャリで駅への道をひた走る。

その日は、大工をやっている兄貴が彼女の原チャリをのっていってしまった。ちょうど現場が原チャリで行くのにちょうどいい距離だったからだ。

朝、会社に行こうと思ったら原チャリがなかったので、ちょっとムっとしたが、仕方ないので自転車で行くことにした。

ペタルが重い。クソ兄貴の野郎、と悪態をつきつつ坂道を立ちこぎでつき進むF子。その時、彼女は行き交う人々の、自分に向けられた怪し気な視線に気づく。誰もが好奇の目なざしをそっと向けてくるのだ。中にはうす笑いを浮かべる奴もいる。

さっき坂道で豪快に食らわした立ちこぎがいけなかったかしらん。それとも今日のファッションが刺激的だった?怪しい視線の謎をあれこれ推測してみたが、んなことどうでもいい。会社に遅刻してしまうではないか。彼女は邪念を捨てて疾走する。

ケツをふりふり立ちこぎをした成果で、原チャリの時とあまり変わらない時間に駅に到着したF子。思わずガッツポーズである。しかし、振りかざした手が、あるものにふれて愕然とする。

なんと、いつものクセでヘルメットをかぶってきちゃったんである。しかもフルフェイス。自転車でフルフェイスはちょっときついなあ。っていうか頭壊れてる?そう思われてもいたしかたない。さきほどの視線はこれだったのかあ。ハッハッハー。F子のやけっぱち笑いが風にのり、急行電車を追い抜いていった。

#ショートショート ,#エッセイ,#笑い,#シニカル,#ペーソス,#原チャリ

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