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"ムダ"の意味

いつもありがとうございます。
4月1日にふさわしい、フェイクニュース的な作品です。ちと長めの文章ですが、ぜひお楽しみください。

オマエが一番ムダだよ、ってそう言われたら悲しい…


「皆さん、今を生き抜くには「効率化」の追求は避けて通ることのできない問題です。かつてこの世の中には様々な「ムダ」がはびこっていました。」

今ではすっかりお馴染みとなった、動画サイトでの通信販売番組。一昔前ならテレビショッピングを良く見かけたものだが、令和も頃合いとなった今ではこうした動画の報が一般的だし、人気もある。そもそも購買層のメインは20代後半から40代なのだし、視聴するだけの高齢者がテレビに集まっている現状では致し方のないことだろう。商品自体も「若者および主婦層」がターゲットだから、この選択も間違ってはいないと言える。一方で「誰でも参加可能」なのが動画サイトの特徴であり、利点でもある。だから投稿する側もそれなりの工夫や独創性が求められる。

かつては人気YouTuberを採用したり、過激な表現やエロを持ち込んだサイトもあったが、令和のコンプライアンス界は屈強でそうした浅はかな試みは瞬く間に駆逐されていった。サクラを大量に仕込む手は大手物流サイトで流行した手法だった。でもAIを駆使した監視システムの導入により、某国の悪徳業者も同様に駆逐された。

結果として残ったのは、あくまで良品を市販よりも安く売ることが前提で、後は如何いかに興味を持ってもらえるか、プレゼン能力に展示方法、工夫の仕方は各社様々で悪戦苦闘といったところだが、ここ最近の一番人気はこの番組だ。プレゼン担当の男の話術もさることながら、番組自体が挑戦的で挑発的な仕上がりになっている。購買者層にのみ好意的に受け入れられるように、敢えて万人受けを捨てたスタイルが斬新だと話題になった。奇しくもハリウッドの映画業界が「ポリコレ」にとらわれる余りに凡庸とした作りになった反面、日本独自の映画文化が広く受け入れられたのをきっかけに、実はこうしたある意味「尖った」作品づくりが業界内では注目されているようだ。

「いかにムダを省くのか、これが現代の業界の常識です。皆さん、アメリカの超大手メーカー、アマ○ン、エッ○スの社内の様子を聞いたことがありますか?かつては劣悪な労働環境が問題視されたものの、いまやAI技術を駆使した機械化が進み、従業員を大幅に縮小させることに成功しています。」

そう言って彼は度数のない黒縁メガネから鋭い眼光を光らせた。詰めかけた客達を一瞥いちべつし、さらには画面越しに視聴者達まで見据えるように目の前のレンズを見つめた。十分な間の後、彼は静かに熱い言葉を続けていく。

「そうです、皆さん。現代社会は『ムダを省く』ことで効率化を求めています。そうすることで私どももお客様方にとって理想的な価格で商品を提供できるのです。」

「この世にはびこるムダ、あなたは幾つ言えますか?古くは社会体制で言えば年功序列に官僚国家、学歴社会だってそうです。今までのあなたの人生で何かの役にたちましたか?既に社会は変わり、世界も変わっています。変えられない人達は取り残されて、きっと寂しく無常な人生を送ることになるでしょう。価値観の変化に気付けないのは、はっきり言って不幸です。この動画をご覧頂いた皆さん。私はあなた方の敏感なアンテナに敬意を表します。これからの生存戦略として正しい道を進んでいます。」

プレゼンが進むに従い彼の口調は強く、熱を帯びた。一部懐疑的な聴衆にも届くよう、その耳に心地良い言葉を選び、その心を開くように心地良い刺激を与え続けた。

「そこで今回私どもがご紹介するのはこの商品。見た目はただのお人形さんですが、社運を懸けた言っても過言ではない機能を備えています。今回その機能の一部をご紹介させて頂きます…」

彼はそう言うと、この人形のキモ・・となる機能の数々を紹介していった。その一番の機能は「パーソナルコンシェルジュ」と銘打ったサービスだ。要約すれば、AI技術を最大限に生かした日常生活のサポートグッズ、と言うのがしっくりくるだろうか。顧客が疑問に思ったことを人形に話しかければ、自動検索した結果を人形が教えてくれて、連動したスマホに必要な情報が表示される。気に入った商品を購入するには画面のクリックすらいらない。人形に向かって買うと言えば後は事前に入力した顧客情報とカード情報をもとに決済、送付まで一連の作業が全て済んでしまう。列車や飛行機の時刻確認に留まらず、乗り継ぎもスマホの地図アプリに表示されるし、座席の確保も希望を言えばスマホに次々と候補が表示され、コレだと言えば手配が済んでしまう。さらにボイス機能も刷新され、生の発声と聞き間違えるような話し方まで可能になっていた。話し方や口調も設定可能なので、まるで気の合う友人家族、恋人といるような錯覚すら覚えてしまう。

「これはまるで便利な未来の「お母さん」であり、「ステキな奥様、ダンナ様」であり、未来の「彼氏、彼女、あるいは『推し』です。今回はオプションで好みの声と外見にアップグレードできる特別なパッケージも用意しました。国内数社の大手芸能事務所と提携し、今後どんどん対象を増やしていく予定です。推しの芸能人と一日中一緒にいてオハナシできる、そんな世界をあなたのお部屋に用意します。」

「あなた個人の好みも、購入履歴も、生活パターンも、全てはこの人形が把握してくれます。朝は望みの時間に起こしてくれるし、寝起きにお気に入りの音楽を流してくれます。家電とも連動できるので、設定すればエアコンもシャワーもスイッチを押す必要すらありません。買い物も食事だって希望の商品を言うだけで候補の商品が画面に表示されます。欲しいモノを選べば、後は商品が届くのを待つだけです。もう「お店に行って何かを選んだり、店員さんと話す」必要はありません。部屋にいながらにして、この人形が面倒な全てを代わりに済ませてくれます。あなたに残されたのは、トイレに行くことと、お風呂に洗顔、後はゴミ捨てくらいです。仕事をリモートワークに切り替えれば、もう用事で外出する必要すらありません。」

夢に描いた便利な生活が、今目の前で現実になろうとしている。聴衆の多くはそう感じ、その夢を実現するために次々とスマホの購入希望の画面をクリックしていった。

「さあ、面倒なのは最初の設定くらいです。きっとその購入希望の画面が、あなたの人生最後のクリックになるでしょう。クリックにおわかれを告げて、新しい人生のスタートを祝いましょう。」

聴衆の視線は一点に注がれ、やがてどこからともなく歓声と拍手が沸き起こった。その様子に、プレゼンを担当した男は満足そうに微笑んだ。マイクを外し、静かな笑みを浮かべ、テーブルの水に手を伸ばした。喉の渇きを潤すと、熱くなった心が少しずつ冷めていくようだった。ふと傍らの人形と目が合ったような気がして、その目を見つめた。

「ムダを省いて便利な世の中」ではいつかは自分自身が一番のムダだと、そう人形に言われそうな心地がして、彼は人知れず寒気を覚えた。




イラストは、いつものふうちゃんさんです。
本当に、いつもありがとうございます。


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