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理想の恋人(ヒト)⑪


辛すぎる現実の苦悩をこれでもかと展開するのは個人的には好きではありません。これから徐々に収束に向かいますが、きっと読んで良かった、そんな余韻を残せるように最後まで走り続けようと思います。よろしくお願いします。

ラスト部分はもう書き上げました。ソコへと向かう仕上げ、ですね。


理想の恋人ヒト、贈ります つづきです。…


図上の小さな格子窓から見える景色は殺風景で、時間の移ろいも良く分からないくらい単調だった。でも日頃太陽なんて大して気にもしなかったが、殺風景で閑散とした独房内ではこうした陽射しの微かな変化すら楽しかった。現実と乖離かいりした世界に没入し、現実世界に排除されかけた僕の現実・・は、社会的道徳的に抹殺されそうな状況だったようだ。連日のニュース報道に加えて、SNS上で繰り広げられる無味乾燥なヒステリー騒ぎ。いつしか僕の個人情報はもはや個人の所有を超えて、広大なネット空間の共有資産と化していた。複雑な家庭事情に始まり成績優秀でも孤独だった学生時代、受験での失敗、そして就職後も孤立した生活。無関係でお気楽な連中のお慰み、そんな都合の良い社会正義の圧力を受けて、僕という存在は既に社会的に息の根を止められていたようだ。デジタルタトゥーという負の刻印が僕に身に刻まれたことを、僕は解放された後に思い知らされた。

僕は1ヶ月ほど警察署に拘留され、その間世間の情報は全て遮断されていたので、全ては釈放されて以降に知ったことだ。あの日の朝、突然警察関係者が部屋を訪れ僕と永美を拘束しようとした。僕は必死に抵抗し、この時僕は初めて人を殴り、初めて人に殴られた。争いごとに疎い僕は簡単に制圧され、僕の必死の叫び声も虚しく永美は警察の手に渡ってしまった。僕は殴られ蹴られ、散々な目にあった挙げ句、地元管轄ではない都会の拘置所へと連行された。

僕が事実を知ったのは、長い事情聴取の後しばらく経ってようやく解放されてからだった。

「前代未聞の情報漏洩」

「近未来の手口に驚愕」

「新たなリスク管理、求められる企業」


検索ででてきた画面には、何とも刺激的な見出しが踊っていた。要約すると、モーネッド社はAI人形ラブドールと買主の会話内容を本社のサーバにデータ転送していた。一部有能と見なされた買主では、勤める企業の機密情報が表示されたPC画面まで人形が視覚データとして本社に転送していた。この衝撃の企業犯罪が明るみになったきっかけはモーネッド社内からの内部告発で、事態を重く見た政府と警察の上層部は強制的にネット事業者にモーネッド社へのデータ転送記録を開示させたようだ。この当時、日本国内にはまだ24体しかAI人形ラブドールは導入されておらず、配送業者も大手一社のみだったので同様に圧力をかけて買主の特定も迅速に行われたようだ。

僕に、僕の会社にそんな価値などあるというのだろか。警察では僕の主張など何も通らなかった。確保された対象者全員に、同様のフォーマットで取り調べが行われた。誰がどの程度の情報を漏洩させたのか、警察の関心はそれしかなかったようだ。記事では噂のレベルにとどまっていたが、国産の軍事機密に関わる開発者と、経産省の中枢に在籍したキャリア官僚が確保者リストにあったらしかった。彼らの個人情報は秘匿された一方で、なぜか社会的価値が乏しいと判断された僕と数名の名前が漏洩されたようだ。誰かの判断なのだろうか、制裁後も社会的に何の影響もない、袋叩きにされるべき者を見定めて野に放つ。後は世間のストレス発散の慰み物にどうぞ、とでも言ったところだろう。知的な方々はこうした公開処刑劇をscape goat(贖罪しょくざいのヤギ=いけにえ)と表現するらしい。

得体の知れないAI人形ラブドールに大金を投じ、身も心も奪われた哀れな独身男。特にオプションに性処理の機能があったことが、各メディアに無責任な興味を持たせたようだ。記事によれば一部買主が動画サイトに登場し、ある事ない事言い立てて大炎上していた。その渦中にあった僕は、圧倒的な無力感の前になす術がなかった。解放後、僕は会社からは退職を促され、不動産管理会社からは賠償責任をちらつかせながら部屋の退去を迫られた。あまりの虚無感に襲われた僕は、何も抵抗することなく、言われるままに従った。生きる気力もなかったのだが、逆にそうするだけの気合もなかった。何もする気になれず、あまりの虚脱感から動くことすら億劫になっていた。

見かねた知り合いのひとりが、自殺でもするんじゃと僕を強引に精神科に連れて行った。「適応障害、うつ病」と診断された僕は、数種類のクスリを処方された。クスリ漬けになった僕はかえって動けなくなり、しばらくの間寝て過ごすことしかできなかった。


(イラスト ふうちゃんさん)

                                                                                                         

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