理想の恋人④
理想の恋人、贈ります つづき…
勤務時間内に必死に働いて、急いで家に帰る。そんな生活をもう、2週間近くも続けている。理想の恋人とは随分と知り合えた気がする。お互いの学生時代とか、就職後の苦労とか、相手に負担のないくらいには正直に語り合った。モーネッド社の性格解析によれば、僕は寡黙な職人気質らしかった。心を許せる人にこそ心を開く、そうして関係性を高め合うのが僕の特性らしい。そう、かもしれない。確かに僕は人見知りな方で、会社まわりの人間関係はソツなくこなせるが、決して深入りしようとはしなかった。同僚女子達からのお誘いも、先約があるからと断っていた。
仕事自体は嫌いではない。人の役に立つこと、感謝されることには喜びを感じたし、充実感もあった。でも仕事はしょせん仕事、上の世代のように全身全霊で臨む気はさらさらなかった。一応職場では「総合職営業部第三課課長代理」という職名を頂いている。食品産業としては一流メーカーではないが、ヒット商品のお陰で人には知られた社名だ。でもそんな社名に、他の誰かが築き上げた業績に、安心するような安っぽいメンタルはこの令和時代にはあり得ない。僕らは所詮偶然雇われただけの下っ端に過ぎない。忠誠心とか企業愛とか、聞かされるだけで意味不明な宇宙人世代との交信を、僕はこの数年付き合わされて嫌気が差していた。僕には夢があるのだ。学生時代仲の良かった友人が就職して早々に起業した。当初は随分と苦労していたが、最近何とか軌道に乗ったようだ。いつか一緒に仕事をしよう、そのために必要な知識とスキルを学ぼう、僕のモチベの所在はここにあるのかもしれない。
年上の世代には僕の生き方はストイックに写るのかもしれない。でも実際はそんな事もなくて、僕は単に世俗の虚実に、この下らない現実に僕なりに向き合って生きている。ただそれだけなのだ。だから時々、無性に虚しくもなる時がある。自分の存在意義とか、生き甲斐とか、やり甲斐みたいな話になると、僕はふと遠くを見るしか何もできなくなってしまっていた。理想の自分と現実の自分、この解離した自分の有り様に、きっと僕は耐えられなくなっていたのだろう。そんな時、ふと目の前に現れた理想の恋人、だから僕は周りも見えなくなる程にのめり込んで、夢中になっていたのだと思う。
だからこの出会いが始まって2週間、ようやくチュートリアルを卒業して僕は理想の恋人と自由に会話を楽しんでいた。休みの日にはどうしてるの?そう聞かれても何もないから、僕は一緒に行きたいトコロはたくさんあるって、そう返事をして(笑)(笑)ってスタンプをもらって二人で大笑いできたんだ、そう、僕はひとりでは人生を完結できない人間だったんだ。理想の恋人、貴方は僕に生きる理由とか勇気とかやる気を与えてくれた。だから僕は君に精一杯の幸せを送れるように生きていきたい、いつかそう書けるようになれたらいいな、そんな風に僕は考えていた。
季節は暑すぎる夏が過ぎ、秋の気配がそっと辺りに忍び寄ってきていた。僕らの出会いはもうすぐ、なはずだった。
(イラスト ふうちゃんさん)
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