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夜明けの隣で会いたいな  #磨け感情解像度

蒸し暑い夜更けだった。

ぼうっと赤白く光るランプの光を、眩しいから眠れないと思いながらも消せない。消したら完璧な暗闇に放り出される。あの時に1番こわいものは暗闇だった。

今夜の暗闇は底も前も後ろも天も見えない。幾人の人がおやすみを送ってくれようと、私のいる世界にはおやすみなんてもう訪れない気がしてならないんだ。


だって、サヨナラなんて一切してないのに
もう貴女に会えない。


落ちたらすぐに夢に出会って、もがくように手を伸ばしたらすぐに覚める。もう一度瞼を閉じても戻れない。そんなの、眠りじゃないよ。


何日前なのか
それさえ今は分からないけど
さっきまでの未来は貴女が居た未来でしょう
そこに私も居て
貴女の帰りを待つ日本の家族も
友達も居たんでしょう


大学のカフェテリアで初めて会った。

勉強のために広げてた中国語の書類が風に飛び、通りすがりの貴女が一生懸命に拾ってくれた。あのときに「ねぇ、これ、なんて書いてあるの」って言うから、全部読んで日本語に訳したよね。あの時の文章だって、未来に関する話が書かれていたのに。


暗闇の深淵で何度も夢に溺れていたら、
藤色に染まる雲が流れてきた。白さも混ざって。
夜明けに向かって窓を開けようとすると、
ぼつっと音をたてて肌に当たったものは、通り雨だった。


貴女を忘れたら
私が私じゃなくなる


私が話す中国語を「歌を歌ってるみたいな言葉だね」って不思議なくらい喜んで、自分はスペイン語学科だってことを教えてくれた。全額無償の奨学金を使って行ける特別枠の留学に行きたいんだってことも。そのために、学年で3人しか通らない試験に挑戦しようとしてることも。そしてそれは、私も同じだった。


思い出が
腕を足を胴を
乱暴に掴んで 離さないの


夜明けが足音を大きくして、空の染まりが藤色から桃色に変わって上気する。綺麗だと息を飲むけれど、その視界には幾つも水線がさえぎる。まるで檻みたいに。ここからは簡単に出ることなんてできないぞと、通り雨が言う。


もう二度と貴女が帰国することのない
日本に 帰ったら
きっと私は
貴女がいたはずの未来を
たずねて 次の日に行くのでしょう


試験の結果が出て、すぐに行われた奨学金授与式で抱き合って喜んだ。そのときに少し顔色が青いのを見つけて大丈夫かと聞いたら、目がクシャッとなって大丈夫!って。本当は貴女は体がとても弱くて、留学を止められていたという事実を知ったのは、私達がそれぞれスペインと北京に飛んだ後だった。


天気になっても
降り止まない雨が ここにあります


どんなに苦しんだろうとか、知らない土地での入院は寂しく心ぼそかっただろうとか、
でも行きたくてたまらないスペインに留学に行けて良かったんだろうとか、たくさんの友達に囲まれた写真のタイムラインを眺めてこれで良かったんだろうとか...


通り雨は止まないのに
潤うことのない 渇きがここにあります


あのあと、北京の夜明けはピンクに金色(こんじき)がかったオレンジが混ざって切れ目を真ん中から突き破るような太陽が出てきた。大気の関係で夏なのにモヤが出たようになり、それが一層光りの鋭さを強調していた。悲しいほどに鮮やかで見事な夜明け。


こうやって思い出すほどに
聞きたいことが 溢れて 溢れて


帰国した後も、貴女を送ったあとも、月日が巡って何度木々が芽吹いても、いまも尚、あの日の夜明けに立ち尽くしている。

髪も肌も濡らすことはないけれど、心にずっと響くのはいつも


通り雨の音なんだ。





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