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女と女の約束53 コネで入り込む

石川角白
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第四章 恵理(えり) その二

第二節 旧姓(きゅうせい)・村瀨

 翌朝九時。
 喜屋武からメールで晴子を取り調べた調書が届いていた。
 晴子は無罪。それは判っている。
 大前提だ。
 ならば晴子の考えている通りに二番手が自動的に犯人になるはずだ。
 探偵としては起訴前の最終選考会で惜しくも漏れた容疑者候補群の中から一人を絞って真犯人に繰り上げ当選させなければならない。
 恵理(えり)は報告書を読み始めた。

 入武門(にしんじよう)、つまり村瀬(むらせ)殺しは単なる轢(ひ)き逃げではなく当初から「殺人事件」として警察は捜査を開始していた――被害者・村瀬が都合(つごう)三度(みたび)轢(ひ)かれていたからだ。
 二度目、三度目は倒れた入武門(にしんじよう)の胴体の直前で故意(こい)に急ブレーキがかけられていた――細工は粒々(りゅうりゅう)仕上げをご覧(ろう)じろ。
 現場写真で見ると遺体(いたい)はあらかたバンクシーも真っ青、アスファルトの上に塗り広げられた路上絵画(アート)になっていた。
 大型の4WDに三度(みたび)も――トドメにブレーキをかけながら――轢かれれば横綱でもスルメになるだろう。
 被害者は十六年前に沖縄に来た。
 入武門(にしんじよう)俊行(としゆき)。旧姓・村瀨――村瀨俊行(としゆき)。
 東京者が他府県に移り住んだとする。地元の人はさほど奇異には思わない。なんと言っても同じ日本だから。
 東京者が沖縄県に住んだとする。沖縄の年配者は必ず訊(き)く。
「どうして沖縄に来たの?」
 どこかに「非本土」と言う意識が残っているのだろう。
 恵理(えり)の場合は訊(き)かれなかった――顔を見て納得(なっとく)するのだろう。
 村瀨が勤(つと)めていた中臣(なかとみ)物産は本土系の中堅商社で彼は現地採用ということになっていた。
 本土の中臣(なかとみ)物産は中途採用無し、女子事務員だけは現地採用という古い体質の会社だ。
 村瀨は例外的に現地採用で、いい年齢なのにヒラ社員だった――本社に強力なコネを持つ官僚、大学教授などの口利きで、地方の支社に無理に入り込んだ場合によく起こる現象だ。

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