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女と女の約束51 パンプスに履き替える

石川角白
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第四章 恵理(えり) その二

第一節 喜屋武(きやん)

「こちらからかけ直します」
 喜屋武(きやん)は携帯電話での会話を恐れている。
 曰く、
「使う者が特定された電話はどんな場合でも盗聴可能デス」
 よって公衆電話でなければ彼は決して意味のある会話をしない。所轄署内の公衆電話でさえ警戒して使わない。必ず道向かいにある商業ビルまで出向く。

 喜屋武(きやん)が折り返し恵理(えり)に電話してきた時にはスクランブル交差点の大時計が正午のメロディ「チンサグぬ花」を流していた。
「それで何が見たいんですか?」
「国際通りに許留山(ホイラウサン)ができたよ。食べながら話そうか?」
 香港上空経由の直行便ができたお陰で台湾から沖縄経由で上海へ向かう台湾人観光客は減りつつあるがこの国際通りだけは相変わらずだ。
 歩道一杯に広がって歩くその台湾人観光客の波が恵理(えり)を見た途端に割れる。恵理(えり)の顔にただならぬものを見て取るからだ。

 許留山(ホイラウサン)は香港資本の甘味処(あまみどころ)チェーンで官公庁勤(づと)めの娘たちで混むのが難点だ。安くて美味い、しかも禁煙というのが娘たちに魅力なのだろう。
 恵理(えり)は入り口のラックから引き抜いたフリーペーパーでまず席を確保してからストロベリー・冰沙(ピンサー)を注文した。
 シャーベットを掬(すく)っているうちにピーカン・パイとエスプレッソを手にした喜屋武(きやん)が現れてプレスの効いたズボンの尻をプラスチックの席に落ち着けた。
 喜屋武(きやん)はこの地では数少ないシステムエンジニアの一級有資格者だがいつも政府要人警護官(シークレットサービス)と見まがうような折り目正しい服装をしている。
 入り口から喜屋武(きやん)の端正(たんせい)な顔を追っていた娘たちの視線が相席(あいせき)の女に移った瞬間、その視線は跳躍(ちょうやく)して天井板にへばりついた――無理もない。初めて恵理(えり)の顔を見る娘たちは決まって軽いパニックに陥(おちい)る。
 恵理(えり)の方はどこに行くにも白いブラウス、デニム生地のパンタロンとハイカットのバスケットシューズだ。
 さすがに会社訪問の時だけは車の中に積んであるテーラードスーツに着替え、パンプスに履(は)き替えることにしてはいるが。

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