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曽孫が書いてくれた私についての作文

みなさまに、こんにちは。大変ご無沙汰しております。

年齢が年齢だけに、あるいは流行病などで、もしやもう、とか思われてしまったかもしれませんね。ところがどっこい、私はおかげさまで変わりなく元気に過ごしております。

孫の亮彦が農繁期で忙しくして、なかなか気が向かなかったようで、すっかり放置されてしまいました。元来、飽き性、熱し易く冷め易い性格で、やっぱり途中で投げ出してしまいましたね。

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さて、今回はその孫亮彦の娘、私の曽孫ひなたちゃんの作文を紹介しますよ。なんと、私のことを作文にして大変な賞をいただいたというじゃありませんか。私のことを包み隠さず書いてくれて恥ずかしくもありますが、もちろん嬉しくもあります。読ませてもらって、楽しく幸せな気持ちになりました。ひなたちゃんが、ここに載せるのを許可してくれたので、どうぞみなさん、読んでください。

一番上の写真は、中学校の校長室で、主催の公益社団法人岡山県青少年育成県民会議の方から賞状を頂いているひなたちゃんです。

ひなたちゃん、実は不登校です。この日はこうして賞状を受け取るためだけに、学校に行きました。私は学校に行って勉強したかったけど高等小学校には通わず奉公に行きましたので、中学校に行かないのはもったいないと思いますが、でも今は時代が変わっていろんな勉強の仕方があるし、インターネットもあって、昔より自由に、いろんな人と関わりを持てますからね。それに学校に行かなくてもいろんな勉強できます。長生きもできます。私が証拠です(笑)何より、ひなたちゃんは、自学自習ができて、将来やりたいこともあって、元気に明るく過ごしていますので、私は何にも心配していませんよ。

さて、前置きが長くなってしまいました。どうぞ、最後まで読んであげてくださいね。よかったら、他の方にも紹介してあげてください。よろしくお願いしますね。

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ひぃばあちゃんの生きるエネルギー

井原中学校 2年 仁城ひなた

「ひぃばあちゃん、100歳おめでとう!」
 こんな文字が並ぶなんて、思っていなかった。まさかね、と鼻で笑ってしまう。今年の4月、うちの曾祖母、清香ばあちゃんは、100歳の誕生日を迎えた。
 清香ばあちゃんの誕生日会は、親戚を集めて行う予定だったが、コロナウィルスの影響で、オンライン誕生日会となった。持ち帰りのすしや、ケーキなど、たくさんのごちそうを食べた。また、市からのお祝いも届き、とてもにぎやかになった。私は、お腹いっぱいご飯を食べ、親戚の人に、
「ひなちゃん太ったね!」
と言われ、
「きたえたの!」
と大声で反論しながらやかましく過ごしていた。でも、清香ばあちゃんは、まるで仏のような笑みで、楽しそうに皆を見守っていた。パーティーも最後になり、清香ばあちゃんからの言葉。
「いつも皆さんにお世話になってここまで生きてこれました。ありがとうございます。」
と、いつも口癖のように言っている言葉を繰り返した。ああ、いつも通りだな、と私も安心した。それと同時に、いつもはこんなことを考えないが、
「なぜ、清香ばあちゃんは、体がこんなにも不自由になりながらでも、強く生きるんだろう。」
と疑問に思った。
 私は今、めんどくさい学校も宿題も、夜にネッ友と通話ができるから頑張る、という、みんなの手本になれるような生き方はできていない。それに、嫌なことがあると、すぐに人に言うし、
「人生なんておもしろくない。」
と思ってしまう。でも、私は、それがあって今を生きれている気がする。つまり、それが
「私の生きるエネルギー。」だ。
 では、清香ばあちゃんの生きるエネルギーは何からなんだろう。
 清香ばあちゃんはよく食べる。朝・昼・夜のご飯は欠かさないし、おやつだってよく食べる。私が自分で買ったお菓子を食べていると、
「私の分はないですかね。」
と、聞いてくる。私は正直、
「自分で買ったのに…。」
と思いながら、少しだけ分けてあげる。すると清香ばあちゃんは満面の笑みでお菓子を食べる。そして食べた後に、
「まだありますか。」
と聞いてくる。それに
「さっき食べたよ!」
と答えるまでが仁城家のおやつタイムだ。こうやって、よく食べることが生きるエネルギーにつながっているのかもしれない。
 次に、清香ばあちゃんは信仰心が強い。毎朝、仏壇に手を合わせ、お経を読む。時々、朝と間違えてお昼寝から起きた夜にお経読むことがある。いきなり夜にお経が聞こえるものだから、心臓が出るぐらい怖くておどろく。私は仏教を信じているわけではないが、仏教を信じ続けるその自信が、生きるエネルギーになっているのかもしれない。
 また、清香ばあちゃんはよく働く。100歳になって、包丁も使えるし、目がいいから編み物だってできる。しかも、暇だったら机の上の物をとてもきれいに並べる。いつの間にか私の教科書もきれいになっている。自分から働きたいと思っているその心が、生きるエネルギーなのかもしれない。
 ここまで生きる色々な生きるエネルギーを考えてきたが、いざ本人と話すとやはり
「みなさんに良くしてもらっているから…。」
としか答えない。でもきっとそれだけじゃない。100年もの間に経験してきた戦争や苦しい生活、からの高度経済成長。その全てが清香ばあちゃんを強くし、今日も元気に生きている。エネルギーなんてものは無くても、日々の小さな幸せ、当たり前の幸福さを感じとれるのだと思う。私にはそれが全く足りていないから、今も生きていけることの幸せを分かっていない。また一つ、清香ばあちゃんから学ぶことが増えた。
「皆さんによくしてもらっている。」
のもきっと、清香ばあちゃんが、皆に良くしてきたからだ。良いことをすれば返ってくるというのはこのことだろう。また1つ、学ぶことが増えた。この何文字かで、こんなにも学ぶことがあるのなら、清香ばあちゃんにはまだまだ生きてもらいたい。そして何よりもっと私が支えていかなければならない。
また暑い夏がやってくる。お年寄りには大変な時期だ。家族みんなで乗り切っていこう。清香ばあちゃんの「未知の生きるエネルギー」が、まだまだ清香ばあちゃんの命の灯火を燃やしいくことを願って…。

おわり

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どうでしたか?
私は幸せものですね。みなさんのおかげです。

亮彦はいつになったら続きを書きますかね。ひなたちゃんに刺激をもらって頑張るかな?お楽しみに。

ではおやすみなさい。

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私と家族 〜祖母の100年〜
https://note.com/chirigas/m/m2ff0504e774a
ガス夫のおばあちゃん(仁城清香)が2020年の誕生日で100歳になります。これを記念して、ガス夫がおばあちゃんの記憶と家族の記憶をつなぎ合わせ、文にして投稿しています。
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