見出し画像

未来よ こんにちは(感想)_しなやかに孤独を受け入れる

「未来よ こんにちは」は、ミア・ハンセン=ラヴ監督・脚本で、哲学教師のナタリーを演じるのはイザベル・ユペール。日本での公開は2017年。
大きな事件の起きない地味な映画だけど、孤独と向き合う心のあり方が心にしみる作品だった。
以下、ネタバレを含む感想などを。

画像1

自己主張の強いナタリー

ナタリーは高校の哲学教師で、せかせかと歩く様子や少し棘のある言葉から強気な性が伝わってくる。
母は認知症の症状を見せはじめ、夫のハインツからは「好きな人ができた、一緒に暮らす」と言われ、監修している教科書の出版継続が出来なくなったりと、ナタリーの人生は悪い方へ向かって行く。気晴らしに映画を観に行って変な男に付きまとわれたのは、ツイていないとしかいいようがないが、女として一人で生きていく辛さを示されているかのよう。

しかし、離婚についてはナタリー自身にも原因がありそうで、元教え子のファビアンに執心するあまり、実の子どもから「理想の息子」と揶揄されるし、ハインツからも「全知全能のインテリタイプ」と批評されている。
授業風景でも、生徒たちからストに対する討論を持ちかけられるも「政治的意見は述べない」と一蹴して取り合わない。
ハインツの置いていった花束は即刻捨てるし、ハインツが女性と歩いているところを偶然見かけて怒るのかと思いきや笑いだす。

画像2

これらの様子からナタリーは意志が強く信念を持って生きており、自分の思う通りに生きてきたが、他者に対しても同じように求めるため、他者に寄り添うようなところがあまりない様子が感じられる。ハインツとは死ぬまで一緒にいるつもりと言っていたが、夫への執着は強く無さそう。
しかし、そんなナタリーが母が施設へ入ることをきっかけに、預かった猫のパンドラに翻弄されるおかしさがある。猫アレルギーを持っているのに、行方不明になったら懸命に探す様子からはナタリーの温かみを感じられる。

数少ない同士、ファビアンからの冷たい言葉

画像3

一部の生徒たちからは慕われ、ファビアンとの関係は友好的だったが、ファビアンの本棚のラインアップに駄目だしをするナタリー。「思想と行動を一致させて、人生に価値を見出す」ように諭すが、ファビアンからは「価値観を変えるほどの行動はせず、生き方を変えるほどの思想も持たない」と返されてしまう。

ナタリーが教師としてできることは、生徒を導くところまでが限界なので仕方のないことなのだが、ファビアンは教師を辞めて山に籠もりアナーキスト仲間とともに行動している。だからナタリーには物足りさを感じていたし、本に駄目出しをされる謂れは無いと感じたのだろう。『本棚を見ればその人の人格がわかる』と考える人もいるくらいので、そもそも朝にする話題として重すぎる。

未来よ_01

ファビアンはナタリーのお気に入りの元教え子で、数少ないナタリーの理解者だ。男と女の関係を望んでいたわけではないだろうが、夫と別れて母も亡くし孤独になっていくナタリーがさめざめと泣く姿は切ない。
気まずくなったナタリーは、部屋が漏水していると適当な理由をつけてパリへ帰宅するも迎えてくれる人は不在。言葉を発しないパンドラの存在に少しだけ救われるが、これまで遠ざけてきた猫が寄り添ってくれるというのが皮肉だ。

ナタリーのしなかやな強さ

一年後には孫が生まれ、孫が生まれたばかりの病室でハインツと鉢合わせるも本人が去ったら「やっと帰ったわね」と冷たい。娘のクロエが泣き出したため、冗談だったと言い訳するが毒舌なのは相変わらずで、こういうところはナタリーの母イヴェットにそっくり。

家族や友人とのしがらみは面倒な面があり、手放すと自由になるが同時に孤独にもなる。その結果、人は自分の殻に閉じこって悲観的になったりアルコールや薬物などに依存してしまうことがままある。
しかし、ナタリーからはしなやかな芯の強さを感じさせ、その様子はルソーの『ジュリ、あるいは新エロイーズ』を引用した授業のシーンが象徴的。

未来よ_02

人は欲望があれば幸福でなくとも、期待で生きられます
幸福がこなければ希望は伸び、幻想の魅力が情熱のかぎり続くのです
かくてその状態で充足し不安感が一種の歓びとなり現実を補い、現実以上の価値となります

孫の生まれたこと以外にもナタリーなりの期待があってのことだと思われ、パンドラを手放したのも強さのあらわれと受け取れる。
クリスマスに本を取りにきて、孫に会いたくてなかなか帰らないハインツに対しては、「料理するから帰ったら?」とそっけなく追い返すナタリーの態度には思わず笑ってしまった。
ラスト「Unchained Melody」をBGMにナタリーが部屋で孫を抱きあげるシーンにはポジティブな余韻が残る。
-----------------------
近年のイザベル・ユペール主演の作品では、人生の下り坂を迎えた役が妙にはまっていて目が離せない。落ちぶれた俳優の「アスファルト(2015年)」、脚本はいまいちと感じたが、余命宣告された「ポルトガル、夏の終わり(2019年)」と、老いてもしなやかな強さが印象的な役が映える。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?