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恋のツキ(感想)_30歳過ぎて恋愛の延長線上に結婚を考える困難さ

「恋のツキ」は2016~2019年に「月刊モーニング・ツー」で連載されていた漫画で、作者は新田章。
後先を考えずに、運命の出会いともいうべき男の子と浮気をするアラサー女がヒロインなのだけど、失うものも大きいせいか嫌な感じはほとんど無い。
以下、ネタバレを含む感想などを。なお過去にドラマ化もされているらしいが、未視聴なのでそれについては言及しない。

コミックは全てがキレイな表紙で、色のコントラストがキレイな2巻が一番好きなんだけど
同棲している彼女が、横で浮気相手とのやり取り見てときめいていたら堪らない…

アラサー女の屈託

主人公の平ワコは、靴はたいていスニーカー、映画やガシャポンが好きという31歳の女性。以前に勤めていた会社が潰れたため名画座スタイルの映画館でアルバイトをしている。

付き合って4年、同棲して3年の同い年の彼氏「ふうくん」との付き合いには惰性になっているところもあって、心のどこかで運命的な出会いを求めていた。
そんな折に偶然バイト先で客として来ていた15歳の高校一年生、伊古ユメアキが好みの顔だったことから関係を持ってしまう。

本筋はワコの恋愛や結婚観の物語となるが、本作では昭和の時代には当たり前とされてスルーされていた女性蔑視となる言動や行動、または男女の格差などが、確かな違和感として物語の中にさりげなく描かれているのが興味深い。

象徴的なのは男の性欲を満たすために、寝付きにふうくんに求められたらすんなり口でするし、伊古とも出会って間もなくカラオケBOXで口で奉仕するところ。
ワコなりに男を手懐ける方法なのかもしれないが、行動に移るまでのハードルの低さは、本人の自信の無さや上下関係を仕方の無いことと受け入れてしまっているようで痛々しい。
自分を卑下することでの心の摩耗とのトレードオフになっている感じがする。

職探しで面接官の立ち話を聞いてしまうのもキツイ。そもそも産休や育休明けの女性が働きにくい職場の側に問題があるのだが、企業からしたら30歳過ぎた独身女性を雇っても仕事を覚えた頃に辞められてしまうと、採用と教育のコストが無駄になるということを暗に語っている。
こういう会社は就職が決まったとしても、男女の賃金格差も想像できる。

また、職場で女性があだ名や「名前+ちゃん」で呼ばれるのは、親しみを込めてという理由の他に女性を下に見ている場合もある。
照井があだ名で呼ばれないのは、取っ付きづらい性格もあるのだろうが、頭の回転が早いから下に見れないからというのも考えられる。

ふうくんと同棲しているとき、共働きであっても炊事洗濯などの家事の負担がワコに偏っていることなども同様で、さりげなく男女の上下関係を意識させられるシーンがそこかしこに挿し込まれていてヒリヒリする。

ワコのズルさ

ワコは結婚の約束までしたふうくんとの同棲を解消することを選択するのだが、そうなった原因をワコを下に見ていたふうくんのみに原因があるようにするのではなく、ワコのズルさも丁寧に描かれており、そんなどうしようもなさへ共感してしまう。

例えばワコは、浮気をふうくんにバレたあとのやり取りで、「生理だったからイれてない」と言い訳してるが、そもそも生理で無ければヤル気満々だったし、何なら伊古を3回射精に導いていたので、大きく一線を超えたのはワコの方だった。
ちなみに、ふうくんへ別れを切り出した際、伊古との関係が続いていることを指摘されても、顔色一つ変えずに携帯を差し出すくだりは、ワコが態度を急変させていることへの痛快さと同時に、その演技力に恐怖も感じさせる。

まぁだからこそ、浮気したことを伊古から前科を指摘されることへ繋がるのだが、このあたりの物語の展開や関係性の変化がちゃんと描かれているのが好印象。
浮気がワコの負い目となってしまうのは自業自得で、伊古以外の男性との気軽な付き合いを出来なくなるし、伊古とのはじまりは一目惚れだったが、現実を考えたときにふと湧いてくる結婚願望ですら伝えづらくなる。

社会の一般的な知識を持ち合わせず、恋愛経験も少なく真っ直ぐな性格な伊古には大人の事情を理解出来ないから、疑心暗鬼になるのは仕方の無いなのことだが、過去には伊古の方から一方的に「二股でいいから」と迫っていただけにやるせない。

年の差カップルへの抵抗感

ワコと伊古には16歳の年齢差があって、ワコの性格が控えめというか、いつも自信なさげなせいかほとんど抵抗なく読めるのだが、わずかだが気味の悪さもある。
私の場合、これが30歳と46歳の組み合わせだったら16歳差でもそれほど抵抗を感じ無いのだが、16歳と32歳となるとやはりモヤモヤしたものがあるのはなぜか。

・近親相姦を想起
親子ほどの年齢差があるために、近親相姦を想起させるから禁忌を犯しているかのような背徳感がある。
・若い体の搾取
経験が少なく判断力の低い若者の身体を搾取しているとも言える。伊古も楽しんでいるのだから問題無いのかもしれないが、心の繋がりよりも先に、体で繋がっているように見えるのがギリギリアウトに思える。
また、ルックスが一番の理由だと、ワコ自身が年老いて”劣化した”と伊古に思われて捨てられないか心配。
・上下関係
ふうくと別れたのは、下に見られていたことに耐えられないというのがあった。だから伊古とは対等でありたいはずなのに、社会経験や金銭面などでどうしても明確な上下関係が出来てしまう。

だから年の差の彼氏を持つ代償として、一人暮らしをはじめたワコの部屋へ伊古が訪れた際の「32歳の私でいいのか?」という心の声はイコには少しも伝わっていない。
かといって伊古と結婚するのに大学卒業を待つのなら、約6年待つことになりそうするとワコは38歳だ。子供をつくるとなると高齢出産となるが、32歳でそんな未来を決断するのも酷な話しだろう。

7巻の冒頭、伊古が別れを告げる理由が作中できちんと語られることは無いが、上記した3つの理由のなかで、恐らく関係が対等で無いことが主な原因だったと思われる。
だから最終話で二人が同棲できるようになったのは、関係性がほぼ対等に近づいたからだと考えている。

ワコの理想とする結婚

ワコには2回の結婚する機会があった。1回目はふうくんと、そして2回目は元カレの土屋と。
ふうくんには居心地の良さや優しいところもあるのだが、ワコを下に見る態度や言動や束縛がワコの心を磨耗させた。
だったら、昔よりも自分を大事にしてくれて経済力もある土屋と結婚すれば良かったのだが、それすらも「もう、自分が誰かのために 頑張れる気がしない」と断っている。
これについては後に「私が望むのは…好きだっていうお互いの気持ち故に支え合って一緒にいる状態です」と言っているので、土屋にキスされて抱きしめられても心が動かされなかったのだと思われる。

心のときめかない無い相手と妥協してまで結婚しないワコの決断には「結婚して出産するだけが女の幸せではない」というメッセージが強く込められており、むしろそんなのは刷り込みでしかなく、同調圧力だと言わんとしているかのようだ。
ワコの場合は、好きになれる相手のいることが理想であるものの、他に映画や美味しい珈琲を淹れたりと趣味も充実していて、家族を生きがいにしないくても他の楽しいことや依存できるものを見つけた方が幸せだと気付いたのだろう。
いずれせよ、アラサー女の悲哀をさんざん味わってきたワコの下した決断だけに、1巻で語っていた「とびっきり好きな人と愛し愛されて暮らす」よりも言葉の意味は重い。
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これは余談だが、リサの旦那が風俗で性病うつされる件について、バレたことによる旦那の小遣い無しは仕方ないとして「ゴミのようにしか見えない」はさすがに可哀想に思った。

病気をうつされたことを怒っているなら、店によっては性病検査を義務付けている風俗もあるというし、近年梅毒の感染者が増えているのは、マッチングアプリの影響によって素人同士が関係を持っているからでは無いかと思うので、むしろ風俗に行ってもらった方がリスクは低いと思われる。

しかも、そのまま本気の恋愛に発展する可能性のありそうな誰かと不倫関係になられるよりは、風俗行って金で解決した方がいくらかマシなのでは無かろうか。
これは結婚して出産したとしても起こりうる不幸として、「焦って結婚しない」ワコとの対比となるエピソードとして入れたのだと思われるが、結婚前とはいえワコも浮気をしていたし、むしろ物語はそこから動いたのだし。
旦那にしたら性欲の行き場を我慢するか一人で処理するしかないことに困っていたのかもしれず、そういう憐れみが感じられないことに同情してしまう。


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