「働いた分は、きっちりもらいます」 残業代が出ない雇用条件の話

家を買い、車も買い替えた直後で尽きかけていた貯金を、さらに食いつぶすしかない給与だった。新卒の初任給のような額だとしても、職歴としてその職種がどうしてもほしかった。初体験の職種でも、1年もあれば学習するには十分。金銭事情と次の就活を見越して、2〜3年で退職すると決めて入社した。

入社初日、「残業代は出ないから」と言われた。出だしからなに言ってるんだ、と心のなかで目を見開いた。今日から働く会社だからと、まだ表情は外向けに作ったままだ。「残業はだいたい月50時間ぐらいかな。土日もしょっちゅう出るしね」応募要項には月30時間程度の残業とあったはず。最後に「これにサインしてね」と渡された書類は、「雇用規則を読んだ」にチェックを入れる形式だった。「すみません、この規則は読んでないですよね」と告げると、「そんなこと言われたことないんだけど」と驚かれた。

あとで書類を返す、と伝えて総務に規則を依頼する。鍵つきの棚から無造作に出された規則を見て、募集要項にあった職能手当などは付くことを確認した。交通費にルールはなく、全額支給となっている。深夜勤務手当と休日出勤手当はある。でも、残業代の項目がそもそもない。みなし残業についても書かれていない。やはり、「残業代は出ない」の言葉が気になる。上長から当日中にとサインを急かされ、ひとまず書類を提出した。どのみち、わたしに了承以外の選択肢はない。この地域には出版社は少なく、さらに未経験者を正社員で雇うことはまれであり、希望職種はそもそも募集すら珍しいと転職エージェントや業界の先輩に散々言われていたからだ。

入社当日のこのやり取りで、雇用条件に警戒心をもった。とはいえ、それまで雇用条件の良い会社にいたせいか、いまどきサービス残業を堂々とさせるわけもないだろうと高をくくっていたのが間違いだった。ブラック企業勤務が他人事のわけがないのだ。

雇用条件の危うさにいつ気づくのかがその後の行動にかかわる。当然、社会人なのだから雇用前に条件を確認すべきだ。それでも、全項目に目を光らせられるほど肥えた知見は持っていない。入社後に就職が決まったと身内の集まりで話すと、弁護士が「かなり危ない。ちゃんと記録をつけておいたほうがいい」とアドバイスしてくれた。細かくは聞かなかったので、会社に保管されているものを中心に、考えつくデータを残すようになった。LINEの帰宅報告はただの習慣だったけれど、今から考えれば「どこで」「なにをしていた」かも伝えたほうがまだましな情報となったかもしれない。

弁護士にチェックしてもらった残業代の請求方法は、また次回に。

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