創作怪談「キャンプ場」

 これは、私がまだ学生だった頃の話です。当時私は、就活真っ只中の4年生でしたが息抜きにサークル旅行に参加していました。夏休みに夏らしいことをしようと、キャンプ場に行くことになりましたが、設備の整ったキャンプ場は軒並み高く計画は難航しておりました。

 旅行そのものを諦めるべきなのか。  
 
 誰もが頭を抱えておりましたが、そんな中格安のキャンプ場が見つかったと幹事が胸を踊らせながら、みんなの前に表れました。サイトを見ると、お世辞にも十分な設備とは言い切れませんでしたが、それでもトイレやシャワーが充実していたので、女子会員も期待したみたいてます。何より料金が相場の半額らしく、聞けば幹事の親戚の友達が経営していて格安にしてくれたとのことでした。

 サークル旅行当日、私たちはキャンプ場の最寄り駅へと辿り着きました。幹事がどこかへ電話をかけると、しばらくして迎えのマイクロバスがやって参りました。自然豊かな峠道にワクワクしていると、運転していたオーナーが口を開きます。

 「どこにテントを張るかは自由だけど、シャワーとトイレが離れているからそこは考えてね」

 どういうことかと思いましたが、着いてみるとその理由が分かりました。入口近くにトイレがあるのですが、そこからシャワーまでは20分程歩く必要があったからです。とは言え、相場の半額ですから体力が有り余る学生達には十分妥協できる条件でした。
 私たちは少し考え、トイレとシャワーの中間辺りにテントを張ることにしました。童心にかえって虫採りをしたり、BBQをしたりと自然の中で日常を忘れひたすらに楽しみました。就活のことを忘れて、久々に美味しいお酒が飲めました。宴会は日付を跨いでも続きます。最後の花火が燃え尽き、各々がテントへ入って行きましたが、私は1人余韻に浸りながら星空を眺めていました。

 ブルッ

 急な震えに驚くと、ふと意識を戻すと激しい尿意が襲ってきました。急いでトイレに行こうとしましたが、辺りは暗くスマホの点灯だけでは足下がうっすら確認できる位でした。確かこっちだったよなと、般若のようは顔立ちで無我夢中でトイレの方向へ向かって行きました。夏でしたからスマホの光に虫もやってきて、手で払い除けながら暫く進むと街灯が目に映りました。正しく希望の光であります。
 トイレに入ると、当然夜中ですから誰も人はおらず個室の戸も全て空いておりました。小便器の前でチャックを下ろした私は恐らく、今までの人生で1番恍惚な表情をしていたに違いありません。手を洗いながら、街灯をうっすら反射する鏡に、ふと目をやりました。

 カチャ

 どこからか音がしました。
 何かに触れたのでしょうか。
 ふと周囲を見渡すと、鏡の中で何かの影がゆっくり動いておりました。

 ギィ…

 確信しました。音の正体は私ではありません。金属の擦れる音から個室ドアの蝶番であることはすぐに察しがつきました。目を凝らすとドアがゆっくり開きます。 

 スッ…

 鏡に写ったドアの個室から手だけが這うかのように伸びてきました。私は思わず反射的に後ろを振り返ってしまったのです。しかし、そこには手などなく、誰もいない真っ暗な個室が並んでいるだけでした。思わず、好奇心が私を襲いました。鏡の中で手招きしているかのような手が写っている、その個室の中を覗きたくなったのです。
 その時でした。

 「せんぱーい」

 外から声がしました。恐らく私に呼びかけているのでしょう。その時、なぜだか感じたのです。

 ここにいてはいけない

 濡れたままの手を拭くこともなく、慌てて声のする方向へ走っていきました。そこには後輩達の姿がありました。

 「先輩こんなところで何してるんですか?」
 「何ってトイレだけども…」
 「えっ野糞してたんですか?」
 「へ?なんでそうなる?」
 「いやだって、トイレ反対方向じゃないですか」
 「いや、そこにトイレあるし…」

 私は指を指しましたが、後輩達は笑っています。

 「先輩、狸にでも化かされました笑?」

 そこには街灯がポツンと佇んでいるだけでした。そんなはずは…と思いつつもさっきまで用を足していたはずのトイレは、そもそもそこにありませんでした。明け方、狐に摘まれたような気分のまま眠りに落ちました。
 昼過ぎ、起きてトイレに行こうとすると、今度は間違えないで下さいねと誰かが冗談めかして言う。何の話と話題になり、昨日の話を後輩の誰かが話すとたちまち私は笑い者になりましたが、幹事が一瞬引きつった表情をしたのを私は見逃しませんでした。
 ふと、幹事と2人になった時に訳を聞くと、他の人には話さないで下さいと念押ししながら思い口を開いたのである。
 「元々は確かに、街灯があった箇所にもトイレがありました。しかし、そのトイレでは首吊りや服毒などの不審死が相次ぎ、取り壊すことになったのです。でも、それは僕らが生まれる遥か以前の話なので、風評被害も落ち着いているものの、かつてシャワー近くにあったトイレが取り壊されたことで、不便なキャンプ場ができてしまったわけです」
 僕から聞いたとは、管理人にも言わないで下さいねと再度念押しされました。その後帰路に着きましたが、来年も来ようよと名残り惜しそうにしている後輩達に私は何と言ってよいか分かりませんでした。
 もし、あの時好奇心に負けて個室の中を覗いたら、今頃どうなっていたのでしょうか。それからサークルに顔を出す機会はなくなったので、その後どうなったのかは知る由もありません。

 おわり

 

 

 

 

    


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