見出し画像

「野遊」

今回の俳句ポストの兼題は「野遊」。

俳句ポスト365 (haikutown.jp)では、兼題の発表に合わせて季語の説明がされます。野遊については「春の日に野山で遊ぶこと。寒た冬から解放され、明るい日差しの中で草花を摘んだり弁当を食べたりして過ごす。春の愉しみの一つである」と書いてあります。なんとも楽しそうな季語です。

もしも、これで終わることができれば、「実際に春の野山に繰り出し、遊び、弁当の一つも食べて、実感したことを句にできれば良い」と締めくくれそうです。

ところで、私は角川ソフィア文庫の「俳句歳時記」を、通勤鞄に入れておいたり、休日のちょっとした外出時に持ち歩いています。ここは、あまり荷物にならない文庫本の強みで、要は手軽なのです。この手軽な歳時記で「野遊」をひくと、「春、野山へでかけ、食事をしたり遊んだりすること」とあります。ここで終われば良かったのですが、まだ続きがあり、「本来は物忌みのために仕事を休んで出かける行事であった」‥‥‥手軽ではない内容が書かれていました。

文中の「物忌み」とは、「飲食や行為を慎み、身を浄め、不浄を避けること」(広辞苑より)。そして「行事」とは恒例(いつもきまっておこなわれる)として事を執り行うこと。

「野遊」は晩春(二十四節気の清明から立夏前日まで)の季語。今年だと4/5から5/5です。昔の人は、この期間中に、仕事という行為を慎み、身を浄める日として恒例として「野遊」の日を設けていたようです。

具体的に、何月何日に野遊がされていたのか?角川の大歳時記には何日か例が挙げられていましたが、今回は旧暦3月3日を取り上げます。雛祭りであり、桃の節句や上巳の節句と言われる日ですね。

何故3月3日に外遊びをするようになったのか。

娯楽と言う点では曲水の宴や闘鶏といったものが宮中で催され、「上流階級の人たちはあんなことをしてるぞ」と民間人も外で何かしようかと思ったかもしれません。

祓の側面からだと、雛流しも関係ありそう。
雛祭りの雛人形のもとになったのは、人形(ひとがた)とか形代と呼ばれます(紙を人の形に模したもの。映画「千と千尋の神隠し」において、ハクが白い鳥のような無数のに襲われるシーンがありますが、その紙)。上巳の節句において、この紙で体を拭くことで身の穢れを移し、川や海に流す風習があったそうです。また、幼い子どもの枕元に天児(あまがつ)や這子(ほうこ)といった、簡単な形の人形やぬいぐるみのようなものを置き、子どもに降りかかる禍をそちらに宿らせ、やはり上巳の節句に流しに行ったらしいのです。

川に流しに行くまで、野原を通ったかもしれません。平坦で休憩しやすいし、季節も暖かくなり、野外で宴会の一つも催そう、食用になる草もあるから、摘もうかと考えたかもしれません。

ところで、上巳の節句になんでお祓いをしてたのか。

上巳とは、旧暦3月の初めの巳の日のこと。巳の日とは、十二支を12日ごと順番に割り当て、「巳」に当たる日。月に2~3回は巳の日がありますが、3月の初め(上)の巳の日が「上巳」となります。これが、3月3日前後に訪れるので、「3月3日を『上巳』として固定しちまおうぜ」と(3世紀ころの)中国の人は思ったらしいです。

ところで、「巳」とは蛇を指します。
蛇についてのイメージは人によって違うかもしれません。気色悪く、恐怖の対象としかならない方もいらっしゃることでしょう。
陰陽思想では陰の存在。
一方で、知恵だったり、執念深さ、しつこさ、生命力などの象徴だったり、金運をもたらすとか、水神や雷神の元となったり。この辺りの根拠については例を挙げるとキリがないので割愛しますが、聖書でイヴに知恵の実を食べるように唆したのは蛇だったとか、ギリシア神話におけるホメロスの杖とか、古事記における八岐大蛇とか、プラスイメージかマイナスイメージかはともかく、古くから人間に身近な存在であり様々なことのシンボルとして扱われていたのは確かなようです。
そしてまた、蛇は、毒を以て噛んだ相手を死に至らしめるとか、脱皮して成長するといった生態、何年生きても老いて見えないといったことから、生と死だったり生命の象徴としも扱われてきました。

上巳の節句の一環に、先に記した雛流しに繋がるような、穢れを祓う儀式があったのですが、蛇と絡めるとこの儀式を通して新たな生命を得ようとしたのかもしれません(時期的に、天然痘などの疫病が流行する時期の前というのも関係あるようです)

そして野遊びへ再び戻ります。
野外での飲食や草摘みがされていたと言いますが、草摘みについては蓬、芹、土筆、野蒜などを摘んで集めてやはり食用にしていたとのこと。

野遊を祓いと一対として考えると、
・身の穢れを祓う
・飲食や草摘みを通して、新たな季節であり、明日から働く新たな生命力を得る
そんな行事が野遊の一つの側面だった、と言えそうで、ここからレジャーの側面が強くなっていって今に至るのかもしれませんね。

今回はここまで。
屋外での遊びを楽しみながら、こんな一面もあったのかな、と考えてみました。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?