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【掌編小説】シンデレラが輝けたのは

「時間が無限にあればいいのになーって思ったことないですか?」
涼介と由紀は足並みを揃えながら駅へと続く道をゆっくりと歩いていた。
チームとして共に取り組んでいた仕事が一段落したこの日、頑張ってきた自分たちへのご褒美として仕事終わりに飲みにいくことになった。

開放感からか普段よりもお酒が進み、ほろ酔い気分で店を出る。
盛り上がったこともあり、気づけばあと30分程で日付が変わる、そんな時間になっていた。
「無限ねぇ……」
そう言いながら涼介はふいに立ち止まり、空を見上げた。
その日は満月。しかも年に一度のストロベリームーンだ。ほんのりとピンク色に染まった幻想的な月が二人を暖かく照らしている。

滅多に見ることができない月の光を浴びて、由紀はパワーをもらったのだろうか。涼介に向かって自分の想いを包み隠すことなく告げた。
「私は今、この時間が終わってほしくないです。本当はもっと、先輩と一緒にいたかった。なんでリミットがあるんだろう」

「そうだなぁ……」
空を見上げていた涼介が小さく呟いてから口を開いた。
「確かに、時間が無限だとずっと一緒にいられるかもしれない。だけど裏を返せば、時間が有限だからこそ、価値が生まれるって考えることもできない?」
「うん? すみません、もう少し詳しく」
涼介は笑いながら続けた。
「もちろん、無限に時間があるに越したことはない。だけど最初から限りがあるってわかってたら無駄にしたくないって思うだろ? 俺は今日そうだったよ。由紀と飲んでた一分一秒たりとも無駄にしたくないって考えてた」

由紀の頬がストロベリームーンと近しい色に変化していくその間も時間は刻一刻と過ぎていく。乗らなければならない電車の終電は深夜0時ちょうど。
先程まで涼介と楽しい時間を過ごしていたのに電車に乗った瞬間、ただの何気ない日常に戻ってしまう。それはまるで魔法が解けたシンデレラのようで悲しくて、離れたくないと思っていた。

だけど、シンデレラがあれほどまでに輝けたのは有限である時間を、思い切り楽しんだからだったとしたらどうだろう。その結果、彼女は王子様に巡り会えたのかもしれない。
涼介が言ったことはそういうことなのか。
「先輩は、今日、楽しかったですか……?」
「もちろん」
短い四文字に込められた想いが由紀の全身を駆け巡っていく。
「……嬉しいです。“有限”が持つ“価値”、ちょっとわかったかも」
「だろ? だからあと少し、駅までだけど、俺との時間を楽しんでくれませんか?」
少し照れくさそうに涼介が告げる。
「喜んで!」

由紀はいたずらっぽい顔で涼介に微笑みかけてこう言った。
「シンデレラ、ちゃんと家に帰りますね」
「は? シンデレラ?」
「いーえ、こっちの話です」

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