見出し画像

写ルンです一個分の写真ぜんぶ載せる

ふと「故郷に帰りたい」と思うのは、いつも夏だった。

カフェやマックはおろか、コンビニすらない駅前。雨風が吹き込む古びた駅舎。一時間に一本の電車。Suicaなんてものは使えず、改札は駅員さんに切符を手渡す方式。故郷は、今住んでいる場所に比べたら、途方もないほどに不便な場所である。

写ルンです名物「指かぶり」

故郷には何もなかった。だから学生時代、私は実家を早く出たくてしょうがなかった。買い物できるところがたくさんあって、ライブやイベントに気軽に行ける。そんな都会に漠然とした憧れを抱き、高校卒業とともにこの地を旅立った。

今ならわかる。あの場所は、何もなかったわけじゃない。ふとした瞬間にこの心を帰したくなるような、言語化できない“何か”がきっとあった。ただそれは、体力も気力も持てあまし、常に刺激を求める幼い感性には届かなかっただけで。

故郷と比べたら都会といえど、今住んでいるこの場所にも水田が少しだけある。夜な夜な響くカエルたちの大合唱も、嫌いではない。それは自分にとって原風景の一部だから。

LINEの友だちリストに、いつのまにか見慣れぬ名字が増えている。Instagramには婚約指輪や小さな子どもの写真が並んでいる。

人生を前に進めるのが致命的なほどに苦手な私は、思わずスマホを放り投げた。

比べても意味はない。自分は22歳の頃にようやく自転車に乗れるようになった、そんな妙な人間なのだ。人生がへたくそな人間は、そういう星の下に生まれたのだと受け入れて、へたくそなりに生きていくしかない。

今年の夏は、久々に故郷へ帰ろうかな。

故郷でしか感じられない風がたしかにあるし、あの場所にはイヤホンを外して歩きたくなるような空気が満ちている。青空と田園のコントラストは、いつだってこの心に寄り添ってくれる。処理しきれない不安も焦燥も、すべて飲みこんでくれる。

原風景があるということは、とても幸せなことだ。


良いんですか?ではありがたく頂戴いたします。