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デイヴィッド・ホックニー展

これはすばらしかった。
デヴィッド・ホックニーという作家は、プールに飛び込んだ瞬間の絵が代表作なんでしょ、くらいでさほど好きでもなかった。ただ、こういう風に回顧展として作品に触れると、いろいろと見えてくるものがある。

ホックニーはイギリスのブラッドフォード出身のモダンアートの作家だ。若かりし頃にピカソの作品に出会い、大きな影響を受ける。
絵画を描くときの自由なスタンスというのを学んだのだと思う。

ホックニーの絵画の特徴は「抽象度の調整」と「時間」だと思う。
一枚の絵画の中にあるいくつかのオブジェクトにたいして、具象と抽象の度合いを変化させつつ、作品としてのバランスは保っている。たとえば人物はリアルに描いてあるが、椅子は線でささっと描いてある。このあたりはフランシス・ベーコンもやっていたテクニックだと思う。ホックニーの場合は、目の前にある現実を描くときに、目をこらしてよく見たり、逆に目をほそめてぼんやりさせたりするように、意識を向ける対象の抽象度を調整しているのだと思う。その感覚はやがて「遠近法の排除」という手法にいきつく。とにかく、今生きているこの空間、この時間を描きたいのだと思う。
その感覚は、写真を貼りつけてコラージュするところでも発揮されている。三人の人物が部屋の中でくつろいで話している様子を写真に撮っているのだが、同じ人物が話したり、コーヒーを飲んだりしている様子をべたべたと貼りつけた写真で表現している。そこには不自然さはまったくない。それがセンスなのだろうが。そこに流れる緩やかな時間すらも、描写されている。
同じく写真を切り張りした作品で、京都の龍安寺を撮ったものもある。作家の足が写っている。これはホックニーが龍安寺の石庭のまわりを歩きながら撮影したのだ。歩いた角度すべてからの視点であるとともに、そこにいた時間も表現されている。

ホックニーの筆致はシンプルだ。その中に、彼が目にしたすべてを表現する技術が詰め込まれている。作家が売ろうとしているものを、作品の中にトンチで封じ込めたものがモダンアートだとしたら、ホックニーは目の前の現実を売ろうとしているのだと思う。

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