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お菓子の国

恐らく、今私は高速道路を走っている。
バスから外の風景は見えない。私の右にある窓には、ぶ厚い遮光カーテンが備え付けられているから。

車内は薄暗く、そして周りを見渡してみると乗客は殆どが眠っているようだ。
見ると、隣に座るふくよかな中年女性もうつむいて眠っている。


どこからか、カサカサと食べ物なのか何か包みを触るような音も聞こえていることに気づく。
誰かしらは起きているようで、私はその音に妙な安心感を覚える。

「いま、何時なんだろう?」
ふと見ると、運転席左手の上の方にデジタル時計が掛かっている。
『01:35』無機質な数字の羅列から一瞬、

「え?いまはいつ?」

言葉として成り立たない言葉が浮かぶ。

今日が何日で、そして午前なのか、はたまた午後なのかもよく分からず、危うく混乱しかけた。

この暗さは夜中…か。私、眠ってたのか。

それにしても、このバスはどこに向かってるの?私どうしてこのバスに乗っているんだっけ?



どうも頭のなかに薄くモヤがかかったような状態で、50cm先も見えないような濃い霧のなかを手探りで歩いているような感覚。

夢の中にいるのかな…


頭のなかは相変わらずぼんやりとしているし、急に不安になり、そして肌寒さを感じ恐ろしくなる。

天井にあるエアコンの吹き出し口を閉じる。そして、手元にあるリュックから何か羽織りものはないか探ってみるが、あいにく持って来てはいないようだった。



私が今知りたいことといえばひとつだけ。今のこの状況を理解したい。思い出したい。
でも、今この頭の状態ではきっと捻り出そうとも思い出せる自信はない。


周りの様子からすると、拉致や犯罪に巻き込まれたようではないことに少しだけ安心を得る。

では、今の私に何ができるかといえば、ひとつだけ。
流されるまま、このバスに連れていかれる場所まで行くしか選択肢はないということ。


せめて、隣にいらっしゃる女性に聞きたいところだか、どうやら深い眠りについているようだ。深く穏やかな呼吸音と整った肩や胸の動きがそれを表している。



あっスマホ!と思い、再びリュックを漁ってみる。充電切れのスマホ。これは見覚えがある。間違いなく私のものだ。
すぐさまバスのコンセント部に繋ぐ。

「まぁ、しょうがないか。行くしかないんだし!」
と、半ば投げやりにシートに身体を預け、目を閉じた。


        ****



アナウンスなのか人の声がしたような気がしたことで、はっとする。
私はまた眠ってしまっていたようだ。

不安だったはずなのに、大概だなぁ…
なんて、少しだけ自分のお気楽さに呆れながら上体を起こした。


バスはどこかに停車したようで、恐らくここが終点のよう。
乗客は皆、荷物をまとめたり立ち上がったりしだしていて、既に前方から降車するために向かっている人もいる。



私はスマホの充電を外し、電源を入れるべくボタンを長押ししてからリュックに入れて背負った。

一体どこに着いたのか。私は私の意思でここに来たのか、やはり眠った後にも頭はぼんやりしたままで思い出せない。


バスから降り、降車した人々を見て驚いた。隣の席の人はふくよかな中年女性だったが、降りてきた乗客は皆ふくよかで丸々としている。
中には巨漢と言ってもいいほどの体格の男性もいる。100kg超えは才能とか聞いたことあるけれど…いや、そういうことじゃない!


ますます私は不安が増したのだが、この人たちに付いていくより他にどうしたら良いのか分からないため、後に続くことにした。



前方を歩く人たちは、ずっと食べ物を手に持ちそれを食べながら歩いているようだ。

「そういうとこ!!」

と、思わず突っ込みたくなる気持ちを抑え、黙々と列に続く。



しばらく歩くと、また、まるで私の頭のなかのモヤのように煙った空気が立ち込めてきた。

怪しくない?
あとをついてきたけど大丈夫?
警鐘が鳴る。


さすがに引き返そうとしたその時に、モヤは急に晴れて澄んだ視界の真ん中にそれはそれは大きく立派な門が現れた。


前を行く人々は一斉に歩を早め、小走りをしだす人も現れている。思わず、私もつられて軽く走ってしまった。

門の手前まで来て気づいたが、大きな大きな鉄製の、重たそうで頑丈そうな門は少しだけ開かれており、人はひとりずつ通れるような状態になっていた。

殺到してなだれ込ませないために、わざとこのようにしているのかもしれない。


        ****


「あっっ」

思わず大きな声をあげるところだった。
だって、そこには生まれて初めて見る、いや過去に絵本なんかでは見たかもしれない、大きな高い塔をいくつも備えた立派なお城があったから。



某“夢の国“なんて比じゃない。
何より、感嘆の声をあげそうになったのは、その大きさではなく、色に対してだったと遅れて気づく。


淡いグリーン、イエロー、ブルー、ピンク、ブラウンまで。さまざまな色がまるで踊るように華やかに存在していて、そのトーンもさまざま。

華やかな賑やかな、そして艶やかな色たちは独立しているようで調和していて、決して目にうるさくないのだ。



私は人の流れと同様にそのお城へと吸い寄せられるように近づいて行く。
建物までの道のりは長くはないが、道端に生えていると思われた雑草はよくよく見ると、緑色をしたウエハース。
花は棒つきのキャンディ。



空を見上げるとそこには太陽と月。同時に星も浮かんでいる。星は金平糖。

太陽は眩しく光っている。プルプルとして見えるのは、あれは超特大のグミなのかもしれない。
地球グミなんてものもあったし。


月は恐らくスポンジ風の、例えるとしたら九州のお菓子のかるかんのような…しかし、淡い黄色をまとって穏やかに光っている。




人の流れの中で、時々滞留が起こっていた。寄り道をして、ウエハースの草をむしったりしている人がいるのだ。

浮いている虫を模したアメか何かを捕らえ、食べている人もいる。


そんなシュールな光景を目にしながらも、私の頭のなかは不安とともに冷静で『貪るように食べる人々』に特別驚くこともなく、引くこともなくただ淡々と歩を進めていった。

まるで “知っていること“ “分かっていたこと”のように。



        ****



スマホが鳴った。
あっ!電源オンにして、リュックに突っ込んだんだった!

スマホ画面には見覚えのある名前が。

「そのまま、真っ直ぐ。正面見て。」

ゆっくりとした低い、懐かしく優しい声。

私は一気に安心して、これまでの分からないだらけの漠然とした不安は消え、柔らかく温かいそしてうすーく淡いオレンジがかった色が私を包む。
怠かった足も軽くなるのを感じる。


視力が良くない私の前方に、表情はもちろん顔も見えないがシルエットのみ分かる、懐かしい形。


その人は正面に立ち、私に向かって来ることもなく、私から来ることをそこで待っていてくれているのを感じる。



そうだったんだ!私、この人に会いに来たんだ!
会いたかった!!

心のなかで叫んだのと同時に、これまで頭のなかを覆っていたモヤは一気に澄んで晴れ渡り、キラキラと弾け光り出す。


「よく来たね。ほんとに来たんだ。」

その人は言葉を放っている間の、ほんの一瞬だけ笑った。あったかい色を感じる。


そう。私はこの温度を、この色を求めていたの。
だから、不安でも怖くても頑張って来たの。


私の少し後ろでは、まだたくさんの人々がそれぞれに『お菓子でできた自然』を食べている。


私たちはふたり一緒に並んで歩き出す。
色とりどりのお菓子でできた、大きな大きなお城へと向かって。

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