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おかあさん

「おかあさん、食べないの」

大皿にうんと盛られたデラウェアにちっとも手をつけない母に言う。

「くだものはあんまりすきじゃないのよ」
「ふぅん、おいしいのに」
「だから、たっぷり食べなさい」

わたしがまだ幼かったころ、夕飯のデザートはきまって季節のくだものだった。
ぶどうに、桃に、さくらんぼ。
初夏のくだものはみずみずしくて、とてもおいしい。

「おいしい?」
「うん、おいしい」
「そっか、たくさん食べて」

大皿に盛られたくだものに手を伸ばすのはわたしと弟ばかりで、母が食べているさまをわたしは本当に見たことがなかった。

あれから、何年経っただろう。
思春期を過ぎると、食卓を囲む機会はぐっと減った。
家に帰る頻度がぐっと落ちたころ、わたしは母親になった。

「ママ、ぶどう食べないの」
二歳になった娘がわたしに言う。
「ママはね、あんまりすきじゃないのよ、だから」
――言いかけて、はっとした。

気がつけば、夕飯後に我が子の分だけ、くだものを欠かさないようにしている。
気がつけば、あなたと同じ口ぶりで、我が子にくだものをすすめている。
きっと母は、くだものがきらいだったわけではないのだろう。

「たくさん食べてね」

おかあさん。わたしは、あなたの娘。

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