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「洋食屋「円服亭」は、東京都文京区本郷の高台にある。」

研究者、というものに憧れます。
一つのことにずっと疑問と情熱を注ぎ続け、それを仕事にしてしまう人たち。
わたしの憧れる、「何かひとつのことにどっぷり浸かっている人」。
自分が飽きっぽく、と言うよりは、そこそこの「好き」で満足してしまうため、心を一つ決めたらどこまででも深みに落ちていく人たちに、昔から羨ましさを感じてしまうのです。

三浦しをん著『愛なき世界』(上・下) (中央公論社、2021)

タイトルを見て、即決で買った本です。
三浦しをんさんといえば、本棚本でも何作か紹介していますが、『舟を編む』の方です。
なんというか、三浦しをんさんの本は「全部好き!」というわけではないのですが、これは好きだろうな、と思って買ったら当たりでした。
やはりタイトルと装丁は大事。

物語は、洋食屋の見習いの藤丸くんと、東大理学部で植物学を専攻する本村さんの、恋愛ではない愛の物語。
料理人になるため修行に励む藤丸くんが、出前先で出会った院生の本村さんに恋をするも、本村さんは愛も恋もまったく無関心の、植物研究に情熱を捧げ植物に心血を注ぐ研究者だった、と。
想い破れて諦めの境地に至った藤丸くんが、それでも本村さんの好きなものを自分も知りたいと、植物についていろいろ教わっていたり、人間に興味のなかった本村さんが藤丸くんの新鮮なリアクションをみて、改めて植物の奥深さに気づいたりと、実に清々しいと思うのです。

何が一番いいって、本村さんが徹頭徹尾恋愛をスルーし続けることですね。
これが途中で藤丸くんに絆されてしまったら、この物語は成立しないのです。
わたしは小説を読んでいてたまに遭遇する、「気づいたらくっついていたエンド」が大の苦手で、「恋愛小説」じゃないくせにお約束のようにライバルから恋人に関係性が変化している連中が苦手なんですよ……
恋愛小説ならいいよ、それが目的だから。
でもなんで職業小説とか、推理小説とかで、物語の締めに恋愛を見せられてんの?
という気になってしまうわけで。

その点において、この小説は最後まで「恋」が成就しない、とても誠実な作品だと思うのです。
それでも、藤丸くんの料理にかける情熱、本村さんへの諦め切った片想い、本村さんの植物研究にかける熱量。
そういった、「愛」と呼べる何かが、この物語世界にはちゃんとあります。
「愛なき世界」は本村さんが植物の世界のことを指していっていることですが、植物間に愛があるのかといわれれば、人間と同じような愛はないでしょう。
でも、本村さんが植物にかける愛はちゃんとある。
愛を生み出すだけのものが、植物にはある。
それってなんだか素敵だな、と思います。

ところで、「町の洋食屋」ってなんであんなに食べ物が美味しそうなんでしょうね。
ハンバーグとか、ナポリタンとか、唐揚げとか、そういうのって専門店より(そもそもナポリタンの専門店とは)町の食堂の方が美味しい気がします。
近所の洋食屋、開拓しようかしら。

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