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Acadexit事例:ポスドクから大学発ベンチャーへの転職メモ

前回のnote

で次は転職サイトについて書くと予告しましたが、急遽予定変更です。

とある方から自身のAcadexit経験をぜひ掲載してほしいと依頼を受けました。

応募書類の書き方や面接でのやりとりなどかなり細かく書かれているので、転職に迷ってる方、転職中の方などは必読の内容です。
なお内容はご本人(&会社)の許可を得ています。

それでは以下本文です。

時期

博士取得後、国内プロジェクトポスドク 1 年→学振 PD3 年→海外ポスドク 1 年(単年度契約の満了 3 か月前から転職活動開始)。転職時の年齢 31 歳。

転職活動の概要

海外テニュアポジション 1 件(書類選考落ち)
国内特任助教ポジション 1 件(採用)
中規模バイオベンチャー研究開発職 1 件(書類選考落ち)
医療関係大企業中央研究所の研究開発職 1 件(選考中辞退)
大学発ベンチャーでの研究開発職(採用)

大学発ベンチャー求人への応募経緯

 • 転職活動開始時に、まずコネクションのある人全員にメールを投げた。その中で自分が大学院生時に同じ研究室でポスドクをされてた方(現在は助教)から同じ大学の准教授の方(40 歳前後)の紹介を受けた。
 • 最初は研究室ポジションの打診という形でメールのやり取りをしていたところ、「大学発ベンチャーを起業する予定があり、その立ち上げメンバーとして関わるのはどうか」という話を頂いた。
 • 事業計画書なども見せて貰った上で興味が湧いたので、企業転職用に作成していた履歴書・職務経歴書・研究業績書・志望動機と研究の興味・計画の書類を送り、すぐに准教授との一次面接、その後に役員との二次面接の流れに。

書類作成

職務経歴書
• Scentific CV は送っていたが、企業求人への応募という事で改めて書類を作成した。基本的には「ポスドク 企業 転職 中途採用」あたりのキーワードで引っ掛かるウェブ情報にあるフォーマットに従い、①職務概要②職務・研究経歴(所属ごとに区切り)③ 活かせるスキル・経験④自己 PR の項目に纏めた。

 ①職務・研究経歴
学振申請書とは違い「自分のこれまでやった研究にどれだけ科学的意義があるか」という内容は求められていない。大学発ベンチャーと言えど、書類を見る役員が研究者やPh.D ホルダーとは限らない。
 重要なのは、これまでの研究活動(研究プロジェクト)の中で自分がどんな役割で、どんな考えでどんな貢献をしてきたかを簡潔に説明すること。箇条書きで 3 つ程度。企業での経験がなくとも、企業経験者と同じコンテキストで自分の研究経歴を評価する。定量的な情報をアピールすることも大事。

例1
【所属】:非公開
【職種】:非公開
【期間】:非公開
【研究テーマ】:非公開
【研究チーム規模】:7~10 名
【業績】:筆頭著者論文 5 報、共著論文 5 報、国際会議発表 5 件、国内会議発表 7 件
【内容】
• 次世代シーケンシングに基づくデータ解析環境の整備と各解析手法の最適化を担当。
• 大量の遺伝子配列情報に基づくデータ解析の効率化を目指し、スーパーコンピュータを用いた最新の情報科学と並列計算技術を習得。単一計算機に比べ 100 倍以上の高速化による解析パイプラインの性能向上を達成。
例2
【所属】:非公開
【職種】:非公開
【期間】:非公開
【研究テーマ】:非公開
【研究チーム規模】:5 名
【業績】:筆頭著者論文 1 報, 共著論文 1 報を準備中
【内容】
• 新規立ち上げの実験系ラボにおいてバイオインフォマティクスの知識と技術を浸透させるため、プロトコルのテキスト化やチーム内共有を実践し、共通理解に基づくプロジェクト進捗に貢献。

②活かせるスキル・経験
実際に使用したことのある機器・ソフトウェア・実験と解析手法・プログラミング言語などを列挙する。企業側の求人要項と上手く噛み合う内容にすること。
③自己 PR
第二新卒はともかくポスドクなどの中途採用では即戦力が求められている事を理解し、求人要項と照らし合わせて「自分に出来る事」をアピールする。 

例)
高性能計算科学に対する修士相当の専門知識とスーパーコンピュータの研究利用実績に加え、研究室単位での並列計算機導入に際しシステム設計・ハードウェアサプライヤーとの交渉・導入後の管理と保守のすべてを担当した経験もありま す。ハードウェア・ソフトウェア両面から大規模データ解析を最適化できることが強みです。
他機関との共同研究を主導した経験や、学生や実験系研究者を対象にバイオインフォマティクス技術のティーチングを行ってきた経験が豊富にあり、専門分野や立場・考え方の異なるチームメンバーとの密なコミュニケーションと共通理解・意思統一を重要視しながら、スムーズかつ迅速にプロジェクトを達成するためのハンドリング能力に自信があります。

志望動機・研究の興味と計画

• 「なぜアカデミアから企業へ転職したいのか」「なぜその会社を希望するのか」は必ず聞かれることなので、きちんと言語化しておく。アカデミアでやっていけないから企業に逃げるというようなネガティブな理由は勿論御法度だが、ベンチャーなら特に、「研究者としての自分の人生を考えた結果、企業へ転出することが良いチャレンジとなる」理由を見つけておくと後々の面接にも役立つ。
• 研究の興味や計画は、自分が研究を主導する前提で書く学振申請書などとは異なり、あくまで「応募先の企業が事業としてやりたいこと」に繋がるように書く。その上で、自分がこれまでの研究経歴で培ってきた能力で既存の事業に○○のような新要素を加えることが出来る、あるいは△△のような新規展開も見込める、というようなことをアピールする。

面接

• 一次・二次面接はどちらも zoom で行った。一次面接は創業者である准教授と、二次面接は准教授に加えベンチャーキャピタル出資担当(博士持ち)と。

 ①一次面接
アカデミアでのポスドク・特任助教ポジション応募時の面接とそこまで変わらない。大学発ベンチャーでは基礎研究をしっかりやることも求められるので、研究者として自分がそこにどう貢献できるかをアピールする。
創業者が近年出した論文はこれから行われる事業に必ず深く関連しているのできちんと読み込んでおき、テクニカルな部分に突っ込んだディスカッションが出来ると良い。
 • ただし、研究成果を事業化して(更に顧客を獲得して)初めて企業足り得ることを頭に入れ、アカデミア的な話に終始するのではなく、自分なら基礎研究成果をどんな形で事業化したいか、どのような業界に売り込みたいか、将来的にどんなビジネスモデルを目指していくか、といったことを要所要所で提案できると良い。特に立ち上げ間もないベンチャーでは創業者の大学教員も運営に関しては右も左も分からない状態なので、「一緒に会社を作り上げていく」という意気込みを具体性を伴ってアピールする。
 • バイオインフォマティシャンであれば、事業のマーケティングといったところにデータサイエンスのアプローチを使って貢献していくというアピールも良いと思う(自分はそのような話をした)。

 ②二次面接での質問&自分の答え
問:一次面接の結果や書類一式を拝見して、こちらの求人ともかなりマッチングしているのが分かっているので、実はこちらからそれほど詳しく聞こうということはない。逆に、そちらから弊社の事業やこれからの計画、経営チームの人間などについて何か質問はないか?
→いわゆる逆質問で、以下の問いを返した。

回答
①大学の研究室で既に行っている公的研究機関や自治体・企業との共同研究開発 プロジェクトを大学発ベンチャーの事業として委譲していくことになると思うが、立ち上げからどのくらいのスパンで、どんなプロジェクトから順に取り組んでいくことになるか?
②研究成果を論文化したり学会で発表することは自社事業のプレゼンスを高めることにも繋がるし、自分としてもそういったアカデミックな活動は続けたいが、独自技術で特許を取っていこうとした場合、公に積極的に発表していくことと足並みが揃わないケースもあるかと思う。Publication と独自性の秘匿というバランスについてどう考えているのか?
③基本的に待遇については貴社の規定に従うが、参考までに、企業として立ち上げ期にあることとこちらの年齢や経歴といった条件を考慮し給与としてはどの程度の額を予定しているのか?(ただし、ポスドクから企業への転職で給与が上がることは明白なので、「高い給与を貰いたいから応募しているわけではない。立ち上げ時は会社運営のために予算を最適化して、事業が安定し自分が相応の成果を出せた時に再評価して貰えれば良い」という旨のリアクションを用意しておく)

問:海外経験もあるし、就職ということであれば海外企業での研究職という選択肢もあるはず。Ph.D ホルダーの価値というのも日本よりも海外の方が断然高い。その上でなぜ日本企業の、それもスタートアップで先行き不透明な弊社を志望するのか?(前提:志望先はマイクロバイオームを農業・食品生産・環境再生ビジネスに活用する事業を計画している。)

回答
①自分の生まれ育った日本という社会に科学の価値を浸透させられる仕事がしたい。一般の方々の科学に対する信頼を確立し、その期待に応えるような研究(事業)をし、社会に価値を還元することが自分が海外で学んだ「研究者の在り方」だと考えている。
②日本社会、特に地域社会は強く「その土地の風土」に根付いている。そうであれば、その基礎となる土壌を微生物を使って活性化し、さらにそこにいる人々の様々な産業・生活を活性化させられる貴社の事業にこそ「日本社会への科学的価値の浸透」に繋がるものがある。
③マイクロバイオームを使ったベンチャー事業は国内にも複数あるが、菌叢を系として捉え、環境との関係性も含めたメタ視点でその機能を「最適化」できる技術はまだ確立されていない。そこにいちから目をつけ、大学研究室の基礎研究力を生かした事業化ができる貴社には先見性と将来性がある。

問: この大学発ベンチャーに参加するという前提で聞くが、10 年後にあなたはどんなことをしていると思うか?
→回答応募者の人生設計・ビジョンと会社の理念が合致するかという文脈での質問

回答
10 年後、恐らく同じ会社にいるということは無いだろうと思う(これを言うべきかどうかは一瞬迷った)。きっと、何か別の新しくチャレンジングな事を見つけてそっちに飛び出していく、自分はそういう人間だと理解している。そして、その時にはグローバルな市場で新しい価値を創造できる知的産業の立ち上げに中心的に関わるような人間になりたい。大学発ベンチャーの立ち上げに関わった経験は、そこできっと役に立つと考えている。

問:待遇の事を質問されていたが、こちらとしても研究者の方々がお金や明日の生活のことを不安に思わず、経済的・精神的に安定した状態で知的生産活動に携われるような環境を提供したいと考えている。といっても、立ち上げ直後のベンチャーの先行きは不透明で、事業が上手くいかずに立ち消えという可能性も勿論ある。それでも今、このタイミングで弊社に参画することが本当に良いと考えているか?

回答
今しかない、とむしろ考えている。自分は現在 31 歳で、(自分の生活を蔑ろにするわけではないが)「やりたいこと」を優先した選択をすることが出来る。しかし例えば 5 年後、自分に家族が出来たと考えると同じ選択をその時に取ることは難しいかもしれない。だからこそ今、一番チャレンジングなことがしたいし、それが上手くいってもいかなくても、数年後にまた人生の重要な選択をするときに道標となる経験ができることは大きいと思っている。

以上の問答を経て、最終的に先方から面接中に「一緒に頑張りましょう」という言葉を貰うことができた。

 大学発ベンチャーを最終的に選んだ理由

  •「基礎研究の興奮を味わいつつも、基礎科学の成果を社会に還元する効率的な仕組みを作り、アカデミアと産業の良いとこどりが出来る組織を作りたい」「その中で、若い人たちが収入や任期などへの不安や研究以外の雑務に追われることなく研究者としての本来の役割を十全に果たせるような場を提供したい」という創業者の理念が自分の求めているものと合致した。
 • 微生物を対象とした大規模バイオインフォマティクスという、自分が今まで取り組んできた分野の仕事を続けられるし、論文を書いたり学会発表をしたりというアカデミックな活動も続けられる。また、ビジネスやマーケティングにおけるデータサイエンスという以前から興味のあった分野にも手を出すことができ、自分のもつ統計学・生物情報学・高性能計算科学の能力を伸ばしていくことが直接企業としての成長にも繋がるというのは、実利という点でもモチベーションという点でも魅力的。
 • なにより、年齢も立場もバックグラウンドも全く違う人たちから「一緒にいちから頑張りましょう!」と誘われる(選ばれる、のではなく)のは、嬉しかった。

大学発ベンチャーの待遇等

• ポジション:研究開発部 部長
 • 額面年収:600 万
 • 待遇等:正社員(65 歳定年)、社保完、社宅制度、福利厚生・教育研修制度、ストックオプション有

転職活動を通して大事だったこと

結局のところ、「自分の人生」をどれだけ真剣に考え、それを言語化できるかが全てだと思う。過去どんなことをやってきて、今どんなことができて、将来どんなことをやっていきたいのか。そこが曖昧な人が採用されることはないし、その場その場で都合の良い事を言っても、人生のビジョンがその企業に入ることで本当に満たされるようなものでないと結局 不幸になるのは自分である。だからこそ企業側は「あなたの人生、どうしていきたいのか?」ということを明にも暗にも尋ねてくるし、その問いに明確に、そして真摯に答えたうえで
「だからこの会社に参加したい」と伝える必要がある。
以下はあくまで個人的な意見だが、自分は「研究をする」というのは自分の人生を楽しく豊かにするための一つの“手段”であると考えている。(人生の“目的”だと考えていないことは、もしかしたら多くの研究者と反発する思考かもしれない)。知的生産活動を通して得られる興奮は人生の良い刺激になるし、新しい何かを見つけることはそれ自体が楽しい。しかし、研究を頑張るために自分の生活や心身を削り、その結果人生が苦しくなるのは本末転倒だ。その考えがあったからD を取った後、「研究者の人生の在り方」の多様性を見るためにすぐに海外に飛び出したわけだし、海外での経験を経た今でもこれは変わらない。研究に携わりつつ精神的・経済的・肉体的に豊かな人生を送る道はアカデミアにも勿論あるが、これを勝ち取れる人はごく限られている(これは、単にパーマネントポジションを取れるかどうかという問題に留まらない)。一方で、研究という手段で人生を高めるための機会はアカデミアの外にも確実に広がっているし、Ph.D はそれを手に入れるために自分に与えられた資格であり、価値でもある。転職活動を通して、自分の今いる「世界」の外へと真剣に目を向けて初めて、このことを理解できたのだと今では感じている。


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