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【小説】BULLET 4

片足に深く体重をかけて沈み込む。
体を左右にゆらゆら揺らしながら腕を振る。
コート隅に備え付けられたカメラが、それぞれに調子を整えながら対峙する二人を斜めから捉えていた。
僕たちに教えながらプレイしていた時より明らかに集中しているユイの様子がモニター越しでも伝わってくる。
ワールドカップ出場選手が相手だというのに、全くプレッシャーを感じているように見えない。
「佑真さん彼女いるんですかね?」
チエリは僕と全く別のベクトルで成り行きを見守っていた。
「ユイ先輩に振り向いてほしくて1on1を申し込む佑真さん。わかりますよ。ユイ先輩は確かに可愛い」
勝手な想像が多分に含まれているが、もう一人、恋愛のベクトルで関心を持っているのは武田だった。
どっちが勝つのかに興味を持っている僕の方がマイノリティなのかもしれない。
「詩音、スタートのボタンだけ押してくれる?」
ユイの声に応じてモニター下の台に置いてあるiPadを取ろうと数歩近づくと、大腿部にじんわりとした疲労感を感じた。
そういえば背中が汗で冷たい。
80秒と聞いて短いと思ったが、しっかり運動していたことに今さら気づいた。
スタートボタンを押すと、プレイした時にゴーグルを介して見ていた開始のエフェクトがモニターに表示された。

“HADO”

“FIGHT”

カウントが80から79に変わっても二人は動かなかった。

“78”

“77”

まだ見合ったまま。
スピーカーから聴こえるノリの良いBGMとは不釣り合いな静寂さが二人を包んでいた。

“76”

“75”

画面に表示された二人のステータスはともに“4321”。
手前のユイが僅かに左に体を揺する。
瞬間、佑真の右手が連続で振り出された。
飛んでくる赤い弾の一つはユイが動いた延長線上に。
もう一つはその逆だ。
ユイは微動だにせず両方の弾を左右にやり過ごすと、一気に前に詰め、いつの間にか胴部に沿って降ろしていた腕を振り上げた。
ブルーサイドの最前線に展開されたシールドを割ろうと佑真が続けて二発の弾を放つ。
しかし、既にユイはその後ろには立っていなかった。
まだ弾を一発防げる壁を捨て、右に二歩ずれたところで腕を一回振りぬく。
コードを斜めに走る青い弾が佑真の的に吸い込まれるように進んで行く。
佑真はシールドを割り切る三発目を放ちながら屈み、完璧に捕らえたかに見えたユイの攻撃をギリギリのところでかわした。
「すげー!」
「これホントに私たちがやってたのと同じもの?」
武田とチエリが興奮ぎみに見つめるモニターの向こうで、ユイが細かくステップバックしながら続けて弾を放つ。
佑真は屈んだ姿勢から上半身を器用に横にスライドさせて初弾やり過ごすと、思い切り跳ね上がって次弾を回避した。
スタート時の“静”が嘘のように二人が躍動する。
動く速さも大きさもアスリートのそれだ。
今度は佑真が前に詰め寄った。
すかさず応戦したユイの弾に対して、来るのがわかっていたかのようなタイミングで下に滑り込む。
床に着いた左手を軸に右から回り込むように膝を滑らせながら一振り。
斜めに上っていく軌道の青い弾は相手の的を捕えたかに見えたが、大きくサイドステップしたユイには掠りもしなかった。
逆に立ち上がりを狙われた佑真も難なくそれをかわしてステップバック。
試合開始時と同じように、コートの最後列に下がった両者が睨み合う。

“69”

“68”

「相手は世界大会出場者なんでしょ?ユイ先輩って何者?」
彩菜の驚きに満ちた言葉に僕も頭の中で同調した。
「どっちもまだ1発も当たってない」
画面上で切り替わったスタッツの表示は、赤青ともK.Oとヒットレートに0が、青サイドのシールドヒットにだけ3が記録されている。
弾を貯めながら相手の動きを窺う両者。
今度は二人が同時に動き出した。
コート後方の幕沿いを左右に離れるように動きながら一発ずつ。
それをかわすと一瞬だけ内側に体重をかけて戻る振りをした後、再び外に開きながら一発。
両者の動きが点対称にシンクロする。
どちらもわずかに頭を外に動かすだけで冷静に弾を流し、また少しの間睨み合う。
そこからは序盤と違い、互いに極端に前に詰めずに横方向に冷静にかわしながら相手の隙を窺うようなプレイが続いた。
そして残り30秒。
連射して角に追い込んだ相手の動き出しを狙った一発が遂に的を捕えた。

「っしゃーーっ!!」

決めたのはユイ。
この試合初めてのヒットは的を4枚射抜くK.O弾だった。


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