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【小説】BULLET 1

3限が始まって人が少なくなった理学部棟の池の淵でスライムを突っついていた。もちろん本物ではなくてドラクエウォークのAR機能で表示させたスライムで、突っついているのはスマホの画面だ。
大学4年だというのに少なくない単位を残している僕は、本来なら細胞生物学の授業に出席していなければいけないのだが、いつものように全く気が乗らず、理学部棟まで来たはいいものの、気が付けばベンチに座ってスマホをいじっているのだった。
同期の大半は卒論以外の単位を取り終えて、卒業旅行の資金を作ろうとバイトに精を出していたが、僕は就職先どころか大まかな進路さえ決まっていない。焦りは感じていたが、それは進路が決まっている周りと自分を比べてしまうからではなくて、もっと自分自身に対する何かだった。いつも漫然と何かに手を付けることで、焦燥感がどこから来るのか、それを具体的な言葉として捉えることをサボっている。
スライムで“会心の一枚”を撮ることに飽きて僕はドラクエを閉じた。今さら授業に出る気にはならず、かといって他にすることも思い当たらず、LINEアイコンに表示された「3」の通知に従ってLINEを開いた。通知は三つともユイからだ。入学してすぐにサークルの新歓で知り合った同期で、学内外問わず多様な人物と交友を持つ社交性の権化のような女の子だ。何かイベントごとを企画した時には、特別親しくしているわけではない僕にも声をかけてくれる。
通知領域に表示されている最新のメッセージは“ベンチに座ってるってことは暇でしょww”。
顔をあげて辺りを見回したが、池の対岸、理学部棟の窓、サークル棟に続く並木道、どこにも彼女の姿は見当たらなかった。他の二つのメッセージが気になったが、わかった風なことを言われてしまっては何に誘われていようと行くわけにいかない。
僕はLINEを閉じて、何か面白そうな話はないかとTwitterを開いた。◯◯線の遅延、三限目の代行、流行りのビジネス本に絡めた“意識高い”言葉達。タイムラインに並ぶいつもと変わらないツイート群を目的を持たない指で上へ上へと流していると、一つの動画ツイートが目に飛び込んできた。
映っているのはSF映画『トロン』を思わせる黒を基調とした空間だった。そこでオレンジと白のTシャツを着た人達が手から赤と青の光の弾を投げあっている。各色三人ずつのチームを形成しているのか、白い線で描かれた長方形のコートは二等分されてそれぞれの陣地になっている。彼らを群衆が手を叩き、頭を抱えて熱狂している。新しいゲームのPVか何かだろうか。特定の誰かを追う描写や台詞はなく、SF映画というより何かのイメージ映像のように見える。

“自分の手で技を放て!
ARで実現するテクノスポーツ「HADO」”

自分の手で?
ARで実現する?
動画に付されたテキストによってこれが何のイメージ映像なのか掴めてきた。デジタルのゲームを実写イメージで表現したようなありがちなものではなくて、実際に人が動いて光の弾や盾を出す“スポーツ”をイメージ映像にしているのだ。改めて見ると動き回っている六人は皆ゴーグルを装着していて、観客の一部も同様のものを身に付け、身に付けていない人は会場上部のモニターを見ている。デバイスを介してリアルな世界とARで表現された弾や盾を同時に認識しているのだ。
これは凄い。
まだ実物を触ってすらいないのに、普段漫然とこなしているあらゆるものよりしっかり自分の心が掴まれたのを感じた。魔法か、そうでなければドラゴンボールの気で戦う舞台を誰かがテクノロジーを駆使して作っているのだ。BGMに使われている和太鼓のリズムと相まって僕の心はどんどん高ぶっていった。走り、跳び、飛び交う光の弾をかわしながら自分の手で弾を放つ。今見ているこの世界を僕はいつ体験できるのだろう。
僕は詳細を確認しようと動画の説明文を開いた。
映像から掴んだ内容と概ね同じことが書かれていたが、最後は驚くべき一文で締め括られていた。

“2017年末には世界大会も開催。
2018年以降も規模拡大して大会を開催しています”

もう存在するのだ。
しかも、世界大会まで開催されているらしい。
画面上ではオレンジチームの一人が最後の攻撃を仕掛けるためコート中央を駆けていた。
僕はもう完全に夢中になっていた。
相手が放った弾と弾の間をすり抜けて、彼は左足で思い切り踏み切って飛び上がる。そして空中で右手に貯めた光の弾を、、
「なんだ、見てるじゃん」
背後から降ってきた突然の声に驚いて振り向くと、ユイが立っていた。
「既読つかないから見てないと思った」
そう言って彼女が目配せした先に僕のスマホがあった。歓喜するオレンジのTシャツと観客、崩れ落ちる白のTシャツ。
「何のこと?」
ユイの言ってることと映像が結び付かなかった。
「いや、だからこれ。LINE送ったじゃん」
すぐにLINEアイコンをタップした。
通知領域のメッセージに表示されていたメッセージの前に“今日これやりにいかない?”として、さっき見たのと同じ動画のリンクが添えられていた。
まさかこんなことって。
「あれ?暇じゃなかった?」
「暇です!」
僕は食い気味にそう返した。

行かないわけにはいかなかった。


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