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駅で小さな神様を見た、皆んなで同じ月を見ていた

駅で小さな神様を見た

 17時、新横浜駅の南a改札を出てイヤホンを落としたところから土曜のライブは始まった。その一時間後に生演奏を聴くKing Gnuの曲を流していたLのイヤホンが、外そうとした左手の指をするんと離れて落下した。まあるい愛らしいフォルムなので、ころころとはずむように転がる。

 その様子を見て、ふふ、なんだか楽しそうだ、なんて思う余裕はなく、足元の雑踏をいそいで視線でかき分けながら少し焦った。ワイヤレスイヤホンのすばしっこさは侮れないから、早く拾わなければ……

 と、瞬間に視界が開けた。はっとしてズームアウトすると、確かにそこだけ光が差したように人混みが開け、小さな女の子がしゃがんでいた。片方の手はお母さんの手を握ったまま、もう片方の小さな手でそっとイヤホンを拾ってくれたのだった。

 「あっ…、ありがとう!」と笑顔で歩み寄ると、女の子はお皿のようにした手をすっと差し出してくれ、こくっと頷いた。ふかふかなおふとんのように清らかで柔らかなそのかわいい手を見て、私は心から笑みがこぼれた。真顔で頷いた女の子を見て、お母さんが素敵な笑顔をくれた。


 恥ずかしかったけれどふっと和んだその一部始終を、待ち合わせていたHさんが目の前で見ていた。すごい人混みだったけれど「すぐにわかったよ、わかりやすいパフォーマンスをありがとう」と笑いながら言われて、またちょっと恥ずかしくなったが可笑しくて笑った。

 なんてことない出来事だけれど、私にはなんだか鮮烈に残った。女の子の一連の動作が、とても自然だったからだと思う。おそらくまだ4、5歳くらいの、文字通り小さな女の子だった。でもその動きには一切無駄がなく、迷いがないように見えた。こんなにナチュラルに率先して拾えるというのはすごいなあと思った。お母さんの足取りは心なしか急いでいるように見えたけれど、それでも拾ってくれた。

 きっといつもこうして拾っているのだろうな、だからこの子の前にはよく落し物が転がるのだろうな、と思った。そうしてこの子は拾う度に、素敵な運のようなものも拾っているのだろうなと思う。もちろん彼女はそうと知らずに。駅で小さな神様を見た。可憐に咲くすみれのような女の子だった。


 ◯


 川を横目にゆったりと歩いて、20分ほどで日産スタジアムに着いた。前日の大雨の湿気と緩やかな坂の上から降り注ぐ太陽の熱で、私たちはうっすらと首筋に汗をかいて到着した。Hさんは、前の会社の先輩。ノリやワードセンスが楽しく面白い人だ。一緒にKing Gnuのライブに行くのは二回目。

 私は人混みや大きな音は苦手だが、King Gnuのライブは大丈夫だ。激しい楽曲も多いけれど、ただただ派手という感じではなく聴けば聴くほど繊細な音の重なりであるから好きだ。そしてとにかく彼らの楽曲はライブ映えする。その演出の素晴らしさには心が洗われる。だから大きな音もなぜか大丈夫なのだ。


 観客動員数7万人のスタジアムは圧倒的な迫力だった。私たちの席はアリーナ席だったのでぐわっと周りが見回せて、見上げれば吸い込まれそうな広い空があり、驚きのため息が出た。

 全27曲に及ぶ生パフォーマンスは、言葉で言い表せないほど最高だった。大海原の潮の満ち引きのようなセトリといい、観客にリラックスを促すMC中のタバコといい、♪三文小説 の冒頭の「戦場のメリークリスマスアレンジ」といい、ついに解禁された合唱といい……… 本当に感動だった。

 大きい会場であればあるほど、舞台上のパフォーマーは小さい。しかし私は小さく見えるその姿にこそ、励まされ勇気づけられた。ああ、こんなにすごいことを成し遂げている人たちも、自分と同じ人間なんだなぁ、と。一人一人はちっぽけで、でもそのからだで夢をかなえて、こんなに沢山の人々に夢や力を与えているのだ。全力で、汗だくで、楽しそうな四人の姿に、大人のカッコよさを見た。


 ◯


皆んなで同じ月を見ていた

 そして奇跡は闇の中で起こった。奇跡と呼ぶのは少し大袈裟かもしれないが、私は確かに、その瞬間に鳥肌が立った。

 ♪サマーレイン・ダイバー で幕開けされたアンコール。水の中にいるような幻想的なこの楽曲が、スタジアム全体をぼんわりと包み込んだ。携帯のライトが左右にゆったりと揺れ、会場は光の海と化した。ここまではライブではよくある光景だが……

 長い長い夢から覚めるように曲の最後が静かに消えてゆくと、会場を覆いゆらゆらと表面に光を泳がせていた水のヴェールもふぅっと消え、空の闇が際立った。顔を前方に向けたまま誰もが自然と空を見上げ、かすかに息をのむ音が聞こえた。そこには月が顔を出していた。ちょうど半分、スタジアムの屋根の水平線に引っかかって。

 煌々と輝く月は、アンコール2曲目、3曲目……と、だんだんと高く昇っていった。"CEREMONY" というライブの世界観にふさわしく、綺麗な円周率を誇っていた。圧巻だった。今、ここにいる全員が、同じ余韻を抱きしめて同じ月を見ている。そう思って胸がいっぱいになった。

 同じものを好きで、同じ空気を吸いに集まった7万人へ、その群れを力強く牽引するパフォーマーたちへ、そして、台風のあとで全力で開演準備を間に合わせてくれたスタッフの方たちへ、夜空からの思わぬサプライズであった。


 ◯


 17時、駅で小さな神様を見た。
 21時、皆で同じ月を見ていた。
心がとっても満たされた土曜日の夜だった。

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最後まで読んで下さり、ありがとうございました!
^_^ 🌕

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