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チョートクのカメラノート📷🎥📹

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2019年6月の記事一覧

かもちゃんきてます🐥6/30🐥

オーストリアウィーンのドナウ運河沿いの風光明媚なところに足掛け8年済んだのであるが野生動物は豊富であってかもめとかかもなどは数が多すぎてうざいほどであった。極東の日本の東京の佃島と言うのはなかなかそういうわけにいかなくて、人間ばかりは多いが野生動物の数はそれほど多いと言うわけではない。

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コンタックスマウントのBiogon21ミリをアダプターでライカに使っていたフォトジャーナリストKenハイマン🐥6/29🐥

60年代の写真のドキュメンタリーで1番メジャーであったのはやはりアメリカの公民権運動などを取材する写真家であった。ハイマンもその1人であって彼のモノクロームのドキュメントがアサヒカメラにかなり長いページで紹介されていたのが忘れられない。その理由にはいろいろあるのだが当時の日本の報道カメラマンは国産の一眼レフとかニコンのレンジファインダなどを使っている中でハイマンはライカを使っていたのである。同じ時代のベトナムの報道の岡村昭彦もそうだった。貧しい戦後の日本であったからライカを使

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念のため申し上げておきますがカメックスと亀フレックスとは全く別のカメラです。工場も違います。生産地は同じパリですけどね🐥6/28🐥

フランスのパリはかっては映画撮影機の中心地であった。19世紀終わりにルミエール兄弟がいて世界最初の映画撮影機を生産しさらに映画外車を発展させて大成功したのである。シャルルパテもそうである。 館の時を告げる雄鶏のイラストは全世界的に有名であってヨーロッパを中心にこの音鳥のマークをエントランスに掲げた映画館が20世紀初めの頃の典型的な都会風景と言うものであった。

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ホビージャパン松下さんと佃で次回のムックの打ち合わせ。Cosinaの75ミリのレンズの解放のボケ味が良いと褒めるのは私らしくない🐥6/27🐥

ホビージャパンの松下さんがカメラムックの打ち合わせに佃島に見えた。昨年の12月に初対面以来今回2度目であるが何か昔からの友人と言う感じがする。かなり多忙な方で地球上をいつも行ったり来たりしている。来週からは英国に飛んでなんでも戦車の博物館と言うのを取材にいかれるそうである。

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Leica Q2で赤羽をとる。   パリ赤羽.    7月14日のブラパチワークショップはちょうどパリ祭の日なので赤羽を撮影します🐥6/26🐥

パリに撮影に行って1週間ぐらい経過して街を歩いている時に時々私の頭の中で声がする。 「ここは赤羽ではない」 と言う声が聞こえるのである。

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ワールドトレードセンターの大惨事で関係者が撮影した事故現場の写真がCDに焼いてあってそれが偶然発見された。これがデジタルの発見のプロセス。ビビアンメイヤーの場合はまだ現像していないフイルムのロールで発見された。この違いを真面目に考えてみよう🐥6/25🐥

ワールドトレードセンターの大惨事の写真を関係者と思われる人が事故現場の内部から膨大に撮影している画像がそのままCDで廃棄されようとしていたのが救出されたのである。何しろ20年近く前の画像が安定していないメディアだから奇跡的に残っていたと専門家はいうのである。それがパブリックドメインとして公表されている。ワールドトレードセンターの外壁がベルリンの壁のように残っていてその先にマンハッタンのスカイスクレーパーが見える写真などは写真芸術であった。

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佃島でパスポートを見失い騒ぎに🐥NEW6/24👻🐥

大手町のシティーバンク本店店 数年前三井三友信託に名前が変わっているがそこに定期預金の解約に行った。1981年に組んだ定期を解約したのである。あの頃は日本経済元気あったからよかったけどもう最近は円安ですね。

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ニコンD200の同志🐥6/23🐥

15年前のこのニコンのデジタルカメラが気にいっているのである。元箱から取説からすべてのものがついて確か17,000円であった。15年前に定価が200,000したのだから大変なプライスダウンである。それで満足して使っているのであるがガラクタ屋さんに行ったら常連のお客さんがすごいニコンを二台持っていた。その左がD200である。 15年ほど前のデジタルカメラを使うというのはそれなりにカメラの哲学が背景にないとできないことではないかと自負している。普通のデジカメファンならはしにもかけ

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ヘビーデューティー主義というのがあったが今のデジカメはオーバースペック主義ですね🐥6/22🐥

新型のデジタルカメラに私が魅力を感じないのは単純明快な理由である。格好悪いからである。別の言い方をすればその背景にライフスタイルを感じないからである。1連のライカの本を書き始めた当時、フイルムライカは部屋の角に置かれているだけでそこにライフスタイルが存在していると書いた。これのテキストが最初に登場したのは30年ほど前の新潮45であった。無論編集部からの依頼原稿である。この雑誌は今はもう馬鹿をやって存在しないが、当時はそれなりの人気があった。当時の私は40歳になったばかりであっ

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一見するとプラスチックのように見えるのだが実はそうでは無い。ポーランド製カメラαが持っているギミックな存在感が良い🐥New6/21🐥

ポーランドと言う国は別にカメラ生産大国と言うわけでは無いのだが個性的なカメラが多い。 Αと言う名前のこのカメラもそうである。初めてこのカメラの存在を知ったのはワルシャワの中古カメラ店であった。最初見た感じでは安いプラスチックカメラに見えたのである。手に取ってみたらそれはプラスチックでできたのではなくてダイキャスト製であった。そのダイキャストの上に丁寧にペイントがされているのである。

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Josef Sudek写真家のラビリンス🐥NEW6/20🐥

JosefSudekが大好きで1970年からプラハに出かけたのは50回以上になると思う。この写真家の映画をテレビで見たのは1980年頃であった。日本電波ニュースの特派員の家に遊びに行った時にテレビで放映していたのである。チェコ語に対してアンダータイトルはロシア語であった。それが今ではYouTubeで見れるのだか便利な時代になったものだと思う。Sudekは毎週木曜日の夜にモルダウの流れのそばの彼のアトリエ兼住居でレコードコンサートを開催していた。

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メロンですか?好きでも嫌いでもありません🐥6/19🐥

大昔やっていた100円雑誌でヨドバシカメラなどに山積みになっていてそれなりによく売れたカメラジャーナルと言う定期刊行物があった。そのカメラジャーナルの編集長に何か雑談の時にかきのたねを好きですかと聞いたら好きですと言うような答えであった。それで何かの会合の時に私は柿の種を山のように持っていったら編集長は不愉快な顔をしていた。私の聞き違いか何かでかきのたねが嫌いと言うのを好きと勘違いしていたようなので反省した。

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ライカフレックス1型をタムロンアダプトオールレンズで使いこなす🐥6/18🐥

最近はライカフレックスに凝っているのであるが、もっているのは1番最初のモデルと1番最後のモデルである。巻き上げた感じとかシャッターのきれ具合は1番最初のライカフレックスの方が気持ちが良い。

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昔のユニクロ。ユニクロの昔🐥6/17🐥

最初にジーパンを買ったのは中学生の頃である。当時は不良のズボンと言う認識があった。大塚警察署の向かい講談社の斜め向かいに市場があったのだ。食料品から衣料品から何でも売っている今普通に東南アジアにあるような市場である。ただしサイズは非常に小さい。そのエントランス近くに衣料品店があってジーパンを山のように積んで売っていた。アメリカから直接来たものであって中古品である。あちこちに穴が開いていた。

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