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和食〝引き算〟の美学。

素材の旨みを〝塩〟だけできわだたせる

素材の美味しさに隠れてこの塩は存在する。

塩味が出しゃばらず、むしろ甘さを感じる。素材の持ち味をいかすためには、できるだけ味を加えないことだという。この塩は自らの味を主張するのではなく、味を引き立てる塩だ。

文・撮影/長尾謙一 

クリスマス島の塩(素材のちから第10号より)
※「素材のちから」本誌をPDFでご覧になりたい方はこちら

この塩はどこにいるかわからない、素材に馴染み引き立てるからだ。

店主 村田 明彦 さん

「鈴なり」東京都新宿区荒木町
18歳から29歳まで「なだ万本店 山茶花荘」で修業。その後、ほかの支店を3年ほど経験し、2005年12月「鈴なり」をオープン。お客様にとって敷居の高い懐石料理ではなく、ひと月に何度も利用してもらえる気軽な和食の店をつくりたかったという。3年前からミシュランの一つ星を獲得している。

リーズナブルな和食を提供したかった

もともと母親の実家が門前仲町で河豚料理店を営んでいて、わたしはそれを継ぐつもりでこの業界に入りました。小さい頃から遊びに行っては手伝ったりしていましたから、料理はとても身近なものでしたし、板前になるのは自然な流れでした。結局、河豚料理店は継ぎませんでしたが、自分で店を始めるのは30歳くらいだと決めて修業して、31歳で開店しました。

その頃、〝懐石〟という料理は普通の人はあまり食べに行かないような高級で高価な料理でした。リーズナブルな和食というと居酒屋のセットメニューのようなものしかありませんでした。ですから、5千円くらいの料理で、お客様が月に2回くらいは来ることができるような店をつくりたかったのです。いろんな人に「和食って美味しいよ。」って広めたかったし、若手の料理人はどんどんフレンチやイタリアンを志して、和食が薄れていると感じていました。

そこで、「女性をターゲットとした和食」をやろうと思ったのです。最初は5千円の料理を出していましたが、お客様がもっと美味しい物を、もっと美味しい物をということで今のようになりました。

味を付けすぎないシンプルな料理を心掛けています

よくありがちですが、食材にあまり味を付けすぎず、食材の味を殺さないような料理を心掛けています。関東の和食の職人は食材の味もさることながら、醤油の味、砂糖の味、塩の味を料理にいかすこと。また、食材を潰して加工する技術の高さこそ板前の料理の世界であり、とても素晴らしいということになっています。筍なら、たたいて潰して何かにするのは、それはそれで美味しいのですが、そうやって手を加えても味を付けすぎないこと、物を加えすぎないことが信念です。

自分の料理のコンセプトにすごく合っている塩です

「クリスマス島の塩」との出会いは衝撃的でした。舐めてみるとずば抜けてうまい。ほかの塩とは全然違いました。塩は塩なんだけど「塩なの?」という感じでしたね。舐めた時に塩が一瞬カツンとくるのですが、すぐにすっと引いて、甘さだけが残ります。

これは面白いなと思って初めは酢〆に使ってみました。今までは、塩をすると塩が出すぎてしょっぱいなって感じてしまうので、それが嫌で味に丸みを出すために砂糖を使っていました。べた砂糖をして脱水し、一旦洗ってから塩をします。

そうすると塩が中に入りすぎず、丸みが出るのですが、砂糖のあと付けの甘さというものが身に入ってしまいます。今は「クリスマス島の塩」で〆るのですが、塩が立たなくて甘みがあるし、味を引き出して、塩味が丸く出ているから今はこうした余分な仕事をまったくしません。

うちは前菜に棒寿司を必ず出すのですが、その寿司飯にも使ってみたところ、塩味に角がないのでかなり納得いくように仕上がるのです。自分の料理のコンセプトにすごく合っている塩です。もう手放せませんね。

この塩の塩味は一体どこにいるのかわからない

うちはお椀を出さないかわりに煮物椀的なものを出します。寒い時期にはあんかけにしたりして出しています。今回、甘鯛を使って煮物椀をつくってみました。

甘鯛の酒塩煮

まず、味は「クリスマス島の塩」だけなんです。甘鯛に軽く塩をしておき、脱水した水分を少し拭き取って、両面を軽くあぶります。昆布だしに「クリスマス島の塩」を入れて、そこに甘鯛とハマグリを入れて軽く蒸すだけ。かなりシンプルです。

今まで使っていた塩は味を付けるためと、脱水のために使っていましたが、「クリスマス島の塩」は味を付けるというよりも、味を引き出すために使っています。普通の塩は〝しょっぱい〟という塩味の存在感を持っていますが、この塩の塩味はいったいどこにいるのかわからない。どこにいるかわからないのに、甘鯛とハマグリの旨みの輪郭をくっきりと引き出します。すごいですね!

ほかのものは必要ない、料理がシンプルで簡単になる

フルーツトマトの中に鴨を詰めました。鰹だしと鴨から出るスープでジュレをつくります。これも「クリスマス島の塩」だけで大丈夫。それまでは、鶏のスープや鴨の皮のスープでフルーツトマトを煮て、みりんを入れたりして甘い物を加えていましたが、もう必要ありません。

フルーツトマトの鴨鋳込み

とにかく素材の持ち味がどんどん前に出てきます。加える味が雑味にさえ感じます。すっきりと本来の美味しさが味わえます。それでいて、ここにも塩の存在感は感じないのです。

鴨は前もって薄口醤油で当たりをつけるのですが、今回は生姜を入れてこの塩だけでやりましたが、じゅうぶんに味が引き立っています。簡単なんですよね。なおかつ食材の味が引き立つんです。

たとえば野菜炒めをつくると本当によくわかります。普通は味をととのえるために塩と調味料を加えますが、この塩を使えば調味料はまったく必要ありません。調味料が邪魔だとさえ感じるはずです。素材の旨みだけが出てくる感じです。

塩に対してこれほど向き合ったことは無い

吸い地に使う鰹だしや昆布だしには、もともとだしを引くだけで0.9%や1% の塩分が入っています。そこへ塩で塩分を補って、だいたい1.2%くらいにすると日本人の舌に合うそうです。この塩はそのわずかな塩分を補うだけではなく、ほかの調味料が一切いらなくなるし旨みも補います。 

鱧の焼き霜

「クリスマス島の塩」は舐めた途端、その味がすごく衝撃的で印象に残りました。これは使わなきゃダメだと思って、いろいろ試しています。今までこんなに塩と向き合ったことはありませんでした。もっともっといろいろな発見があると思います。


お問い合わせ:クリスマス・アイランド21株式会社

(2013年6月30日発行「素材のちから」第10号掲載記事)

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