CSとして、ITリテラシーに向き合う
SaaS事業のカスタマーサクセス担当は、そのサービス特性上必ずお客様の「ITリテラシー」に向き合う必要があります。CS担当のあるあるの1つは「弊社のお客様(業界)はITリテラシーが低くて…」というため息かもしれません。
特にVertical SaaSベンダーが向き合う領域では、業界全体としてITサービス活用が進んでいません。その結果、業務システム活用にあたってのITリテラシーが低い状態があるといえるでしょう。
しかし「ITリテラシーが低い」ことはCS担当のあるある話にとどまらず、サクセス実現やCS改善のための大きな宿題・ヒントだと、私は考えています。
この記事では、まず「ITリテラシーが低くて…」という言葉に包含されうる、CSが直面した(であろう)お悩みの例を挙げます。
次いでITリテラシーとは何かを概説し、最後に事例も交えつつ、ITリテラシーの低さにより生まれる課題の解決例を解説します。
本記事がお客様に向き合うCS担当者、そして業界を、お客様を少しでも楽にしたいと考えているSaaSベンダーの皆様のお役に立てますと幸いです。
うちのお客様・業界はITリテラシーが低いから、○○
CS担当が口にする「うちのお客様・業界はITリテラシーが低いから、○○」という言葉には、CSとしてのお悩みが詰まっています。ここでは、まずCS担当から多く聞くお悩みで多いものを、4つ挙げてみます。
1. メールを送っても見てもらえない…(ので、CSのコミュニケーション負荷が高い)
業界によってはメール文化がなく、連絡方法は電話・FAX・LINEがメインという企業が大半のことがあります。例えば飲食業界では(社用)メールアドレスを持っている企業が少なく、無料でGmailを利用しているか、スマホのキャリアドメインメールしか持っていない企業がほとんどだったりします。
私自身もシフト管理アプリ事業で飲食店に向き合う中で、実際にサービスを使う現場の店長様はスマホでしかメールを見ないし、店舗運営という実業務に忙しいため、メールチェックの頻度も低いという状況に多く遭遇してきました。
そういうIT環境だと、メールは見てもらうタイミングが遅かったり、読まれなかったり、運が悪いとセキュリティに弾かれて届きさえしない、ということが当たり前のように起きます。
2. なんでも電話で質問…(なので、CSの(略))
上記の連絡方法に紐づく部分ですが、わからないことをすぐに解消するために、お電話をいただくケースはかなりよくあります。
Vertical SaaSでは店舗や拠点が複数あるお客様が多いため、オンボーディング中などは同じ質問を同じようなタイミングで一度にいただくことも多く、CSが電話対応に追われて疲弊しがちです。
3. ブラウザ設定からレクチャーが必要…(なので、CSの(略))
Internet Explorerや後継のMicrosoft Edgeをデフォルトのまま利用しているお客様は、ブラウザの利用率で見ると13.4%〜程度はいらっしゃる計算になります。(※EdgeのIEモードを使っている可能性あり)
多くのSaaSはGoogle ChromeやSafariのみ動作保証をしているため、システムの初期設定以前に、そもそもシステムが動く環境を整えることからお客様をサポートする必要があり、対応工数は高くなります。
4. サービスを「難しいから」と使っていただけない...導入後も業務が二重対応になる…(ので、サクセスが生まれない)
導入後も、現場がサービスに慣れるまで今までの業務手順を続けることもあり、業務の二重対応が生まれて、むしろ業務が非効率になるパターンもあります。
弊社のCAST事業でも、トライアル開始後に「こっちの方がスタッフが見慣れているから」といった理由で、ExcelとCASTアプリと両方でシフトを作る店長様がいらっしゃったこともあります。
ここまで例を挙げてきたお悩みは、お客様がITに疎く苦手だからではなく、それぞれの状況に基づいて行動した結果生まれています。
こうしたお客様ごとに見えている世界を理解する( = 顧客の目線、置かれた状況そのものを理解する)ことが、「ITリテラシーが低い」問題を紐解き、解消するヒントになります。
続いて、このような悩みの背景にある、お客様の状況を概観してみます。
「お客様のITリテラシーが低い」のは、なぜか?
「ITリテラシーが低い」とは、単に「担当者個々人のITスキルが低い」ではありません。
お客様の働く環境がITリテラシーの低さを産んでいる可能性も、十分に考えられます。
このように考えた時に、それでは何が「ITリテラシーの低さ」を産んでいるのでしょうか?
私見では、SaaSが浸透しないという意味でのITリテラシーの低さは、おおよそ以下3つにカテゴライズ可能です。
IT環境が未整備だが、業務が回っている
デバイスやOS、その他業務システムが古い状況でも、電話・FAXで連絡に問題がなかったり、インターネットや「いつものシステム」が使えれば業務が問題なく回っていたりします。
こうした状況であれば、新たにブラウザを設定したり、SaaS導入に伴うメールのチェック頻度の増加といった行動は起きにくくなり、結果としてベンダー側の目線からは「ITリテラシーが低い」状態となります。
サービス理解が難しい
サービスの理解が難しい場合、利用までのつまずきが多いためサービス利用の停滞が生まれ、「わからなかったから止まってしまった」という声をいただくことになります。その結果、ベンダーサイドからすると(ややもすると)理解のための努力不足や、質問の多さを感じて「ITリテラシーが不足している」という感触が生まれる可能性があります。
サービスの難しさは、①これまでの業務とサービスの用語が同じか、そして②サービス利用時の業務フローが伝わっているかどうか、により左右されます。
①用語が同じかどうか
用語が新しいワードでわかりにくかったり、サービス内用語と業界用語が違ったりすると、サービス理解が進みにくくなります。
例えばみなさんも、Salesforceの「オブジェクト」という用語を最初に聞いた時にはてなマークを浮かべた経験があるのではないでしょうか?
最終的に言葉として理解すると「オブジェクトは...オブジェクトだね」と納得できますが、それまではサービスを少し使うのにも一苦労、となりえます。
②サービス利用時の業務フロー・操作の流れが伝わっていない
サービス上で業務を進めるために、「どこで、何をやるのか」が紐づきにくい場合にも、サービス理解が進まず「わからない」となりがちです。
例えば、シフト管理アプリ「CAST」で固定シフト機能をリリースした当初に多くご質問をいただいたのは、「固定シフトを設定したけど、シフト表に出てこない...」という内容でした。(※月ごとの反映操作が必要)
Excel・紙でシフトを作っていた場合、固定シフトのスタッフは「昼⭕️」などと書いたり、Excel上のコピペを行っていたため「都度反映が必要」という意識を持ちにくかったのが原因だと考えられます。
利用のための熱量が低く、義務もない
リテラシーの低さは、そもそも「サービスを使ってみる」熱量が低かったり、組織的な義務が発生していない場合にも生まれます。
例えば「ちょっと操作が分からなかったから、使うの止めちゃったんだよね」だったり「新しいやり方を学ぶ方が手間だから、結局元のやり方にしちゃった」といった言葉をお客様から聞いたことはないでしょうか。
利用への熱量が低く、義務もない場合は、①そもそも触らないから学習も進まない→②使えない→③利用を促されても使うのが難しい→④使う気が(更に)なくなる、という負のサイクルを辿ってしまいます。また、実際に触っていただけても「それでも頑張って試す」「聞いてでも使う」マインドにならず、簡単にお客様はサービス利用を諦めてしまいます。
なお、ここでの大前提は、お客様は「サービスを使いたい」のではなく「(サービスを使うことで)業務を楽にしたい(し、サービスは極力楽に使えると嬉しい)」と思っているということです。
(実際に使っていただければ)サクセスが実現できることは当然ですが、「使えば便利になる」はCSやベンダー側から見えている世界であって、必ずしもお客様がその世界を見えているとは限りません。
これらの原因は、それぞれを裏返せばITリテラシー問題への解決策になり得ます。
ここからは、これらの解決策をケース・事例も踏まえて詳述していきます。
ITリテラシー問題への、解決策は何か?
IT環境を整備する、もしくは合わせる
お客様のIT環境が整備されていない場合は、お客様の環境に合わせた対応を行うことも1つの手となります。
例えば、メールを見ていただけない状況に対してhachidoriで飲食企業様に対して行ったのは、LINE WORKSの利用や、店舗バックヤードへの導入告知張り出しの依頼でした。
メールは読まれない可能性が高いため、バックヤードなど必ず見ていただける場所に依頼を掲載することで視認性を担保する、というのが対策の意図です。
また、前述の通り飲食企業はLINE利用率が高いので、LINE WORKSを問い合わせ対応に一時期利用していました。こちらはさらに踏み込んで、チャットボットなどで連絡を自動化すれば、メールの代わりにリマインダーとして活用できたと思っています。
サービス学習負荷を下げる
サービスの学習負荷の下げ方は大きく分けて2つで、1つ目はお客さまが親しんだ画面・用語を使うこと。2つ目はすぐに学べるコンテンツを提供することです。
お客様が親しんだ画面・用語を使う
お客様の業務手順・用語、使っていたシステムやファイルなどのヒアリング、更には日常で触れているUIに近いものを参照して、お客様が親しみやすいデザインを作ることが、サービス学習・理解の負荷削減に大きく貢献します。
こちらに関しては(エンドユーザー向けですが)Ubie様の事例が白眉です。
高齢者の方が慣れ親しんだATMや、ウォシュレットを参考に入力画面のUIを設計し、迷わずに操作できるようにしています。
すぐに学べ、サービスが使えるコンテンツを作る
お客様は「サービスを使う」ことが目的ではないため、「サービスの使い方を学ぶ」ことに割いていただける時間は少ないという前提に立って考えます。
そのため、サービスをすぐに使えるようになるコンテンツを用意しておくことが効果的です。
サービスの使い方は①チュートリアルなどで使い方を見ながら操作してもらう、②動画マニュアルで「見てそのまま操作ができる」状況を作る、などの対応を行うことで、お客様に学習負荷をなるべくかけずに、サービスを使っていただくことができます。
①チュートリアルの利用
チュートリアルサービスの導入では、例えばゲームセンター等エンタメ業界向けのサービスの「デジちゃいむ」様が、テックタッチ(※サービス名)の導入でオンボーディング_工数半減、問い合わせ数の80%削減を実現した事例があります。
特にVertical SaaSの業界で大きいインパクトがあると思うのは、事例中では以下のポイントです。
ここからも、チュートリアルの活用で、お客様がサービスにすぐに触れ、活用できている環境が作れていることがわかります。
②動画マニュアルの活用
動画マニュアルは操作手順や画面遷移が全てビジュアルで伝えられるため、複雑な画面や長い操作手順の説明に向いています。
シフト管理アプリ「CAST」では「スタッフインポート」機能(Excelに入力規則を守った上で所定の項目を入力・アップロード)のお問い合わせをいただく際、電話上で通常15分程度の時間がかかっていました。特に時間がかかるのは、IT業界では馴染み深い「データの入力規則」や、Excelの保存したファイルの探し方のレクチャーで、担当・お客様により、画面遷移やルールの説明に手間取ることがあります。
こうした状況を受け「入力規則と、ファイルの名前の付け方・便利な保存場所を説明した動画」をヘルプサイトと、紙面マニュアルで見れるようにしたことで、現在では同機能の問い合わせ対応自体を0件にまで削減、といった効果が上がっています。
利用のための熱量向上や、義務付けを行う
熱量向上や義務づけは「わからない」と感じてサービス利用をやめてしまうお客様を支える上で重要です。ここのポイントは、お客様の担当者個々人ではなく、組織を攻略していくことです。
熱量向上はサービス導入の成功事例でもカバー可能かもしれませんが、「目の前の面倒さ」自体は変えることができません。一方で、社内のITに強い・熱心な人や、周囲に影響力がある方を味方につけて、その人からサクセスを創出し社内に展開してもらうことで、面倒な気持ちを「あの人が言うならやってみようか」という気持ちに前向きに変えていくことができます。
また組織の攻略は、利用のための力学を生むことでもあります。
良いか悪いかはさておき、CS担当者に対してはサービスを利用できていない場合でも「(忙しくて)使えてないです!」とは言いやすいものです。
しかし、社内では「どうだった?」と聞かれて「やってないです!」とは言いづらかったり、言った場合でもその場で一緒に使ってみるという行動のしやすさが生まれます。
実際、シフト管理アプリ「CAST」では顧客企業内のスター店長(IT推進に熱心かつ、社内影響力が強い)に集中して対応することで、オンボーディングの成功率を8%ほど改善する結果を得ることができました。
ここまで、施策例を事例とともに紹介してきました。
最後に、ここから学べるtipsを書いて、この記事を終えたいと思います。(VOCのリサーチ・プロセス記事を、次回書きたいなと思いました)
まとめ
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