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「未知の窓」をひらく

「恋人に振られる」という初めての経験を終えて、丸1日経つ。


元気。むしろ、振られる前よりも元気。

そんな自分に、すごく驚いている。

わたしは自分のことを、感情的で、落ち込みやすいタイプだと思っていた。

でも、大好きな人に振られるという、それはそれは天地がひっくり返るようなショッキングな出来事があったのにも関わらず、平然としている。


高校生の時に、先生に「自分の自覚していない自分の性質」を褒められたことがある。その時わたしは「自分のこと(能力)は自分がいちばん分かっているので」と謙遜した。(謙遜、というか実際におもってもみないことだったから否定した、が正しいのだけれど)

でも、実際、あのころのわたしは自分のことなんてほんの少ししか理解できてなかったと思う。理解、というか、正しく言語化できていなかった。


少しオトナになった今、19年間生きてきた今、「自分のことは自分がいちばんわかる」ようになってきたと思う。実感がある。(これが「アイデンティティの形成」ってやつなのか・・・)

もちろん、人間の性格・性質なんて、簡単にことばに表せるものではないとはわかっているけれど。でも、「自分はこういうひとだ」って、自分が納得いくことばで言語化できるようになったことで、だいぶすっきりした。最近は、長年心にかかっていたもやが、日に日に薄れていっているような気がする。


オトナになるって、きっと、目に見えないあらゆる物事を自分のことばで言語化して、視界をクリアにするということ。生きやすくするということ。そして、その言語化する対象に「自分」も入っていて、自分を言語化、つまりはっきりと理解すること。だと最近は思う。


心理学の専門用語に「ジョハリの窓」というものがある。自己理解するときに用いられるフレームワーク(手法)で、「自己」をこのように4分類する。

・「開放の窓」 自分も他人も知っている自己
・「盲点の窓」 自分は気がついていないが、他人は知っている自己
・「秘密の窓」 自分は知っているが、他人は気づいていない自己
・「未知の窓」 誰からもまだ知られていない自己


よく、周りの大人から、色々な経験を積みなさい、といわれる。その真意は、きっと、「いろんな経験を通じて『未知の窓』を開きなさい」ということなのではないかと思う。


失恋をしたわたしは、”「仕方ない」と素直に折り合いをつけられる自分“という「未知の窓」をひらくことができた。

まだ、19歳。たくさんの「はじめて」を積んで、たくさんの「窓」を開いていけたら、いいな。




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