ちゆ(伊藤ちゆき)

たまに思ったことや掌編小説を投稿していこうと思います。

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最近の記事

視線の先に

 階段を二段飛ばしで駆け上る。ホームルームが長引いた。高校指定の上履きが足から離れそうになるのを足指に力を入れて阻止する。同じように先を急ぐ足音が聞こえて顔を上げると、踊り場に制服のスカートが翻った。 「すいません、遅れました!」  音楽室の引き戸を勢いよく開けながら叫ぶように言うと、一斉に沢山の目が小松の方を向いた。 「小松、騒がしい。小川は同じ遅刻でももう少し静かだったぞ」  顧問が言うと、小さな笑いが起きた。まだミーティング中らしい。部屋に入ってすぐの空いている椅子に倒

    • 人から見た印象

       入社した会社はマナーコードがあり、髪色は色段階七までとの規則があった。就職活動中からずっと黒髪で通してきていた私は、入社から半年、面倒という理由でそのままの髪色のままでいた。  ある日、七つ年上の男性の先輩から、ちょっと、と呼び止められ少し人気のない廊下の端に連れて行かれた。何を注意されるんだろう、何か失敗したかな、と緊張の面持ちで先輩について行った私に先輩は思いがけない事を言われた。 「多分、自分で気づいてないから言うけど、前髪の頭頂部付近、一部凄い白髪が見えちゃってる

      • 大極殿からの眺め

         都会に行きたいと思っていた。隣県の大阪へ出て、そこに住んで、スッキリした環境で働く。休日はカフェなんかでお茶をして、読書なんかも出来たらいいな。そう思っていた時期が私にもあった。  大人になるまで住んでいた奈良は近鉄電車の沿線でなければ車が必須だ。特にそれが苦だと思ったこともなかったが、やはり買い物なんかは大阪まで出て、丸一日遊んで帰ってくる。そんな学生時代を過ごしていた。  大阪で就職すると、奈良からの通勤時間がもったいなく感じて、一人暮らしを始めた。そして朝早くから夜

        • テレワークの功罪

          自宅で仕事をして、週一回の出社。コロナパンデミックを切欠に毎日出社していたスタイルから仕事の仕方が随分変わった。世間ではそれなりに大企業と認識されている会社の人事部にいる美香子は真っ先にテレワークに切り替わった一人だ。 美香子の夫は中小企業勤務なので毎日出社が必須だった。小学生の娘と幼稚園の息子がいる。自然、登校できず自宅待機中だった二人を見るのは美香子の役目になった。 「お母さん、これ見て」 リビングの机で仕事をしていると息子が構ってほしいのだろう、オモチャを持って膝によじ

          気遣い

          営業から会社に戻ると、課長が男の後輩を自分の席の前に立たせているのが見えた。不穏だな、と佳代は思いつつも、自席に戻るにはその後輩の後ろを通らなければならない。少し伏目がちにそのまま通り過ぎようと進んだが、ちょうど課長の席の前に近づくとバシッと書類を叩きつける音が聞こえて、佳代は思わずそちらに顔を向けて立ち止まってしまった。 「なんだ、この書類は!先方からこの金額で契約して来いと指示しただろう!」 課長が顔を真っ赤にして大声を出し、それを真正面から受けた後輩は動揺しいているの

          何でも屋じゃない!

          相談がある、と銀行に来た老婦人はロビー案内担当には話せない、窓口で相談したいから通してくれ、の一点張りだった。仕方なくその時手の空いていた相田の窓口にその老婦人は通された。小綺麗な格好をしたご婦人だ。年齢は八十を過ぎたくらいだろうか。相田はそう思いながら彼女を窓口の椅子に掛けるよう促した。 「相談があるの」 老婦人はそう切り出す。その内容を早く言え、と思いながら相田は微笑んだ。 「はい、どのような内容でしょう」 老婦人は身を乗り出すように勢い込んで喋りだす。 「実はね、私は

          何でも屋じゃない!

          ラーメン六人前

          母はあまり表に出さないけど苦労人だ、と娘の私から見て思う。 母の実父は30代の頃に亡くなり、実家は実弟の都合によって奈良から少し遠い神戸に引っ越しした。実母と同居している義理の妹の学歴コンプレックスが酷く、嫉妬でなかなか実家に寄り付けない。婚家では義理の両親と同居。父は自分の好きな事には母を付き合わす人だったが、今思うと母の趣味に付き合っていた事は殆どなかったように思う。 子どもは三人、大食い。義理の両親と合わせて七人の大家族だ。私が小学校中学年になる頃には一升炊きの炊飯

          ラーメン六人前

          相談なしって何なのよ

          30歳の春、彼氏と別れた。付き合って2年程、年齢のこともあってお互いそれなりに将来について考えていただろう。そんな微妙なお年頃の私たちは、元々大学の同級生で気心がしれていた事もあって、年齢の割にはのんびりお付き合いをしていたと思う。私の長期休暇が盆正月とはズレていたので、長期間二人きりでいた事はなかった。でも二人とも大阪市内の一人暮らし。鍵は流石に渡していなかったが、休日に互いの家を行き来する関係ではあったので、それなりに意思疎通は取れているとお互いが思い込んでいた。 ある

          相談なしって何なのよ

          大きくなってね

          休職中の私は、特に混んでいる日曜日なんかに買い物に行く必要はない。でも12月初めの日曜日、小腹が空いた時に摘まめるような物が何もない事に気付いて、財布とタオルハンカチ、マイバッグだけを持って気軽に買い物に出かけた。 曇天の中、上着を羽織っただけで出て来たので首元が少し寒く、でも戻るのも面倒だからさっさと買い物をして帰ろう、と考えて足早に近くのスーパーに向かった。道中ふと、綺麗な山茶花が咲いているのが見えて、スマートフォンで写真を撮ろうと、いつもと違う道に入った。 写真を撮っ

          大きくなってね

          環境活動家のなぞ

          2022年10月頃から海外の環境活動家の運動が先鋭化して、犯罪まがいになってきている。 彼らの狙いは有名なアート作品。「アートか命か」、そう言って野菜のスープを美術館の有名絵画にぶちまけるパフォーマンスをして、警察に逮捕されたそうだ。 気になったのは、彼らが食べ物を無駄にしていること。そして自分たちの主張がプリントされたお揃いTシャツを着ていることだ。 環境を問題にするのであれば、食糧の大切さを説くべきではないだろうか。何故スープを絵画にかけるパフォーマンスに至ったのか、私

          環境活動家のなぞ

          夏の散歩

          今年の夏は特に暑かった。男性の日傘使用率が上がったりもしているので、気のせいではないだろう。日が落ちてから散歩に出ても汗をかくくらいだ。昼間なんかに歩いたら、それこそ日傘でもないと干からびてしまいそうな暑さだった。 でも敢えて毎日一定距離歩くようにした。自転車は友人に譲って持っていないし、自動車は週末にしか乗らないなら持つ必要性を感じない。だから、という訳ではなく、薬の副作用で太ったので体型を保つためと、それ以上に自然に触れたくて歩いた。 大阪の街中はビルだらけだ。地面も

          食欲の秋

          2018年2月のある朝、目覚まし時計替わりにしているテレビが点いて、6時のトップニュースを報道し始めた。内容はある俳優さんの突然の死。自殺でも何でもなく、突然腹痛を訴えて亡くなったというものだった。何故だろうか、そのニュースを起き抜けに聞いた途端にぼろぼろと涙が止まらなくなった。 まだ殆ど詳細が入っていないのだろう、すぐに別のニュースに移ってしまったが、私の涙は止まってくれない。朝ごはんを泣きながら無理やり詰め込んで、鼻を啜りながら何とか涙目程度に収まってから、会社に向かっ

          世界は音に溢れている

          9月のある日曜日、憧れの漫画家・萩尾望都先生の原画展と対談トークショーに行った。 亡き父親が漫画好きで、その影響を多分に受けている私は、SF漫画と言えば萩尾望都!と言うくらい親子二代で大ファンだ。『トークショーの応募方法については8月上旬にお知らせ……』というホームページの一文を見たその日から、7月末頃から毎日執念深く、その『お知らせ』が掲載されるのをチェックしていた。先着順だったら、この大先生の事だ、全国から応募が殺到して一瞬で400席が埋まってしまう事は容易に想像できる。

          世界は音に溢れている

          暑い日の木陰にて

          幼い頃、死にかけたことがあります。大げさな表現ですけど首を絞められたのですから、やはり殺されかけていたのでしょう。 友人とも別れ、一人になった下校中。その日は家庭科の参観日で荷物も多く、張り切りすぎたのでしょう私は、疲れてとぼとぼと歩いていました。 ちょっと暑くて、日陰を選んで歩いていたのを覚えています。 そんな時に後方から男の人が乗った自転車がすごい勢いで追い越していきました。 あまりに近くを通ったので、うわっと声を上げてぶつかりそうになった荷物を抱え、呆然と見送りました。

          暑い日の木陰にて

          小雨の中を

          何をしたいのか分からなくなってしまった事がありました。 「消えたい」 「もうやだ」 そんな考えばっかり浮かんできます。 終いに自分の存在意義が分からず、暗い穴の中にいるような気になってしまいました。 二進も三進もいかなくなった、そんな時。ぽつ、ぽつ、と雨が降ってきました。 空を見上げる。 水滴が落ちてくる。 雲がすうっと動いていく。 周りに目をやると、風になびく木々。 木の幹を這う蟻。 青々と生える草たちはその根元で雨を受けている。 何故でしょう、それらを見た時に空間が広がっ

          文章講座を受講して

          いつも行動は思いついたら吉日なのですが、7月から文章講座を受けておりました。 ふと、文章を書くにあたっての基礎をしらないなぁと思ったのが切っ掛けですが、これが思いのほか自分の気持ちの文章化と整理に役立ってくれます。 本日で3回受講して、文章を書くという事をして、更に原稿用紙70枚超などを書いてみる、というのはなかなか貴重な体験でした。 今後も少しばかり、自分の気持ちの整理や、書いた文章を公開してみようと思います。 つたない文章ですが、どなたかの心に届きますよう。

          文章講座を受講して