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時を越えた瞬間の記録

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二度と忘れられない瞬間は時間を越えて、今でも心にあり続けます。
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急行電車が風を横切り、通り過ぎる。

午後3時過ぎ、街をすこし高く見下ろせる駅で電車を待つ。 反対側のホームには急行電車が風を横切り、通り過ぎる。 この駅は普通電車しか停まらない。 土曜日の1日、夕方より早く帰る同級生の姿をこのホームで見かけないのは、すこしだけ学校を出る時間が遅かったせいだろう。周りには早めに仕事を終えたスーツ姿のサラリーマンや異性を意識した巻き髪でミニスカートの女子大生がいる。 赤煉瓦色の電車がやってくる。扉が開く。 緑色のシートが一席分あいていた。「置き勉」をできない生真面目な生徒のわた

時を越えた瞬間の記録【アヌシーⅡ】

2017.6.8 France, Annecy 芝生の上にじっと座って、デスペラードというテキーラ風味のビールを飲みながら甘ったるいピスタチオのジェラートを食べ、友人と水色の湖をぼうっと眺めた。手前の道には自転車がさっと通り過ぎた。その次に散歩と途中の高齢男性がゆっくり視界にあらわれた。かとおもえば観光で浮かれている欧米人数名がにぎやかに歩いて、いなくなった後には犬を連れた散歩途中の夫婦がさわやかに横切った。 1度目のアヌシー滞在はこんなふうに時間をかけて人々を眺めるなど

時を越えた瞬間の記録【ニュルンベルク】

2017.12.24 Allemagne, Nürnberg ビール7本、スパークリングワイン1本、白ワイン1本。12月24日16時過ぎのニュルンベルク駅で、数週間ぶりに再会する仲間と合流するやいなや駅の売店で「お店が閉まる前にはやく調達しないと」「買えるだけ買い込んで」そういって慌ててお酒を買い占めた。いったい我々は何に焦っているのか、どれほど重症アルコール中毒患者なのか。はたから見ると不思議なアジア人3人組だったにちがいない。わたしは見ず知らずの土地、馴染みの顔と出会う

時を越えた瞬間の記録【コペンハーゲン】

2018.10.22 Danemark, Copenhague 虹色に輝く不思議な光の粒を眺めながら、橋を渡る。水面に反射するその色彩は、見慣れたフランスの光と異なるおとぎ話の世界。重たい雲の厚みと、ゆっくりと変わる空の調子が織り混ざった天井。今ここにいる王国にふたをするように、すっぽりと優しく包み込む。すれ違うひとたちの中にアンデルセンの姿があったとしてもおかしくないだろう。そのように思えるほど、景色自体が、物語ることへの想像を駆り立てる。もしかしたらこの光景とともに今日

時を越えた瞬間の記録【サンティアゴ・デ・コンポステラ】

2017.09.27 Espagne, Santiago de Compostela 長かったようで短かったサンティアゴ・デ・コンポステラ巡礼36日目に目撃したのは、美しい夕日が西に沈む下り坂だった。最初に歩き始めた800km手前の、フランス・ピレネー山脈の小さな集落でこの場所に到達できるか不安で怯えながら朝を迎えた日が昨日のことのように思い出される。この旅は結局一体何だったんだろう、どのように総括すれば良いのだろう。ずっと何もかもが夢を見ていた感覚だ。素敵な夢だったな、自

時を越えた瞬間の記録【ヴェクショー】

2018.10.23 Suède, Växjö 慣れた手つきで手際よく、彼はたっぷり溶かしたバターのフライパンにミンチ肉をスプーンでまるめて転がし落とす。彼女はというとダイニングのテーブルに食器を出したり、ワインを準備したりでキッチンにいない。台所でテキパキと準備を整える彼に、所在無さげなわたしはせめてでも何か手伝いたいと声をかけると「じゃあ火加減を見ておいて」とまるで子どもに話しかけるように指示が出た。「Ja!(はい!)」ごくわずかの知っているスウェーデン語を声色と音調だ

時を越えた瞬間の記録【パリ】

2019.10.25 France, Paris すべての運命は既に決められていて、そこに書かれた内容をひとはなぞるだけ。アラブの世界に「Maktub(マクトゥーブ)=書かれている」という言葉があるように、つまりは覚悟を決める前から物語は始まっていた。2015年に初めて訪れたパリ、右も左もわからない複雑な街でたまたま予約したアパートは、スペインのサンティアゴ・デ・コンポステラへと向かう経路、レヴィ通りのすぐそばだった。 その後もパリに訪れるたび、この通りを何度も歩いたはず

時を越えた瞬間の記録【ローザンヌ】

2018.10.18 Suisse, Lausanne 左側の窓から見える小高い丘と、そのふもとにつらなる橙色のレンガをまとった家。右側の窓からは下り坂で、見下ろすと輝く湖の水面。水面の向こうにうっすらとみえる山。斜面に葡萄畑がびっしり。 車窓から眺めるこの景色を目にした瞬間、わたしの意識はしずかに爆発。感情をつかさどる機能が崩壊し、なにを思えばよいのかわからないほどに心がふるえた。あまりに美しすぎて手がとどきそうもないし、足を踏み入れることすらも許されないのではないかと

時を越えた瞬間の記録【ヴァランス】

2019.10.17 France, Valence 向かいのホームには誰一人ひとがいなかった。 直線と曲線が入り混じった建築、ヴァランス駅。近代的なこの駅を大きく見守る空は、秋のやわらかな水色をまとい、白い雲はまたふんわり、うっすらと青に溶け込むようになびいている。時折見せる日差しは黄金色に輝いて、20キロの荷物を詰め込んだスーツケースとともに駅に立ち尽くすわたしをじんわりと励ます。いま何かが動いた。ホームの先のロータリーにバスが滑らかに立ち入って、数人の乗客を吐き出し

時を越えた瞬間の記録【アヌシー】

2017.12.22 France, Annecy 「コーヒーの音楽をしっかりと聴くんだ。それが火を止める合図だよ」。 数日前にイタリアで買った、BIALETTI(ビアレッティ)の直火式エスプレッソマシン。使い方を知らないわたしに早速使ってみようと声をかけ、嬉しそうな表情をするひとがいた。学生用レジデンスの共同キッチンに移動して、直火で新品のマシンをセットするとそのひとは真剣な顔をしてこういう。耳をすますんだ、コーヒーの音楽が聞こえてくるから。それが火を止める合図だよ。や