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無条件に若者を応援する文化

私がNoteで見つけて応援している若手冒険家の上村幸平さん。
カナダの最果ての島、ハイダ・グワイで現地の人達と交流しながら「何か」を作り上げるプロジェクトをしている。

「何か」はよくわからない。
写真集、といえば分かりやすいがただの写真集ではなさそうだ。
ハイダ・グワイの先住民の人たちのコミュニティで生活をともにして、記録も書いている。ノンフィクションになるのかもしれない。
先住民の方たちからインスピレーションを受けて、文化保護活動家になるのかもしれない。
都会育ちの上村さんにとって、狩猟や薪割り、本格的なカヤッキングなどはもちろん初めての経験で、いきなり冒険には行けない。準備をしながら現地で学んでいる。しかし、先住民の文化は一筋縄ではない。資金もあまりない。
もしかしたら、夢やぶれて普通のサラリーマンになるのかもしれない。
でも、それでもいいのだ。

上村さんのハイダ・グワイの記録↓

私が10代の学生の頃から、先輩たちにはずいぶんおごってもらった。
飲み会では1歳でも年上だったら後輩におごることになっていた。
だから先輩と飲みに行って、お金を払った記憶がない。
OBは一流企業に勤めている人が多かったから、学生から見たら雲の上だ。
社会人になってからも、年上の人におごってもらうことが多かった。
見返りとかはなにもない。

学生の頃、数え切れないほど遺跡の発掘調査に行った。
合宿中の食費は、研究費から出してもらえることもあったが、最後の打ち上げはいつも先生がおごってくれた。
ある時、埼玉県で住宅地建設のために縄文時代の遺跡が破壊されてしまうことになった。壊される前に大急ぎでボランティアで遺跡の調査をすることになり、色んな大学の学生やOBが集まって数日で調査を終えた。陣頭指揮を取った某先生(彼はかなりの変わり者でなぜか一般企業で働いていた)が、最終日に高級焼肉をおごってくれたときには驚いた。あの焼肉の美味さと、その太っ腹ぶりは今でも忘れられない。

あいにく、私は一流企業で出世することもなく、考古学とも縁が切れてしまったので後輩におごることができない。流転の人生を送った挙げ句、財産を作ることもできなかったので、今は生きていくのがやっとだ。
そんな私でも、やっぱり若い人にはおごってあげたいと思うのだ。
自分は、何者にもなれなかったけれど、自分がおごられたぶんを誰かにおごる。そんな気持ちで、この記事を書いた。

ハイダ・グワイについて↓


ハイダグワイの位置(クイーンシャーロット島と表記)
行けないことはないが
シーカヤックに乗れないと島巡りができないな


*タイトル写真は
「定山渓商店」
の焼肉。おごってもらった焼肉ではありません。
コロナ終盤頃、定山渓温泉の「医療従事者優待キャンペーン」で行った素敵な旅館。昔の古い保養所をリノベーションしてゆったりくつろげる旅館になってます。


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