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『Kenbe La, Until We Win』勝利のときまでやめないこと


目前に広がる海。深い青というよりも晴天をそのまま映したような淡い水色がどこまでも続いている。それを眺めていた一人の男性がふと「ケベックにもこの景色があれば最高なのに」と呟く。ドキュメンタリー映画『Kenbe la, jusqu'à la victoire』はケベック在住の詩人Alain Philoctète(アラン・フィロクテーテ)が故郷ハイチの海を訪れるところから始まる。


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街へ移動すると美しい景色は一転し、2010年の大地震により崩壊したままの建物が姿を現す。日本人である私にとっては過去にあった大震災の映像を思い出さずにはいられない光景だった。アランの父親が創立した学校の一部は倒壊し、ハイチに残った友人は本編では触れることのできない政治的圧力の結果亡くなったことをアランは淡々と語る。荒れた地を歩く彼の目には故郷を離れた者ならば誰でも少しばかり持っているであろう、普遍的な罪悪感を感じることができた。

今回アランがハイチを訪れた理由はもちろん地域復興のため。国からの援助もなく各々で生き延びてきた農夫たちと手を組み、農地をただ修復するだけでなく、作物や道具を住人同士がシェアすることで環境を永続させていくパーマカルチャーを浸透させていくことがアランの夢であるという。

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魂を奮い起こす言葉と美しい音楽に彩られたアランの物語はハイチからケベックの病院へと舞台を移す。ガン治療を始めたばかりの彼は妻の援助を得て病気と闘っていた。

監督によれば題名の「Kenbe La」という言葉には「Hold tight/しっかり耐えろ」という意味があり、アランが別れ際によく言っていたフレーズなのだそうだ。カメラの前でときに弱音を吐きつつ何とかユーモアを保とうとしていた彼らしい言葉だと思う。ハイチに思いを馳せながらも闘病生活を続けるアランと家族の姿を捉えた本作は、まさにどんなときも希望を捨てまいとする戦いの記録であった。

故郷の復興とガン治療。二つの目標をかけもちするアランの奮闘が、実際は命を削っても賭けてみたい「復活」そして「永遠」への挑戦であったことに気付く。


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優れた詩人アランは映画が公開された翌年の2020年夏に逝去した。その事実を踏まえて見ると、また別の映画が浮かび上がってきてしまうことも本作の凄みだろう。彼の戦いを悲劇とするか、それ以上のものとするかは観客次第だ。それでもアランが遺した「全ての答えは愛」、「他人と分け合うことが大事」という言葉は、残された者が戦い続けるためのヒントでもあったと思う。

人の命は儚いものだが、人間を人間たらしめるものは永続的なものであると感じることができる名作だ。コロナ禍で辛抱ならないことも多くなってきた時期に本作を配信してくれたHot Docsにも感謝したい。彼のように悠々とはいかないかもしれないが、復活の日まで諦めずにいようと思う。