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暮らしや営みの中で零れ落ちそうなことを掬い上げたり、心や脳に浮かんだ閃きを忘れないよう書き留めたりする、思考や思想の直売所のようなものです。
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2021年5月の記事一覧

表現の世界は、とくべつな世界?

土曜日の午前11時。Instagramのメールボックスを開けば、進学にまつわるお悩み相談が送られてきていた。 その送り主は、私の本を読んだこともきっかけで、表現の世界に進みたい……と思い始めたという、東海地方に住む大学3年生。このままいけばそろそろ就職活動をする時期だけれども、資本主義的な世界への違和感が拭えなくなり、進路に悩み始めてしまった、とのことらしい。やや責任を感じながらも、私も昔の記憶を引っ張り出しつつ、ざらりとした違和感を感じた。 どうも引っかかるのだ。なかで

本をはじめて出した私の反省点

「文藝春秋の山本と申します」 というタイトルのメールを受信した。2020年7月21日、アメリカ東部は夜の24時。その一文を見て「私、やらかしたか?」と我が身を省みたけれど、べつに心当たりはない。いや、人生にやましいことなんて山程あるが、私程度の人間のやましいことなんて、世の中的にはクソほどどうでもいい。 じゃあ、知り合いがなんかやらかしたのか? という下衆な好奇心に包まれてメールを開いてみたところ、そこにはただただ、私の記事への丁寧な感想が綴られていた。加えて最後に、「塩

「児童書はその子の一生の地下水になる」と言われてみれば

毎夜、いつまでもツイッターに時間を吸い込まれてしまう。そういう時間はほぼ無益なのだけれども、ごく稀に良さげなレシピや、エグみを含んだ他人の内面、気の利いた言葉なんかが流れてくるので指が止められない。そして昨夜は「児童書はその子の一生の地下水になる」という言葉が目に留まり、眠りかけていた頭がどんがらがっしゃんと目覚めてしまった。 「児童書はその子の一生の地下水になる」。 物書きを生業にすると、あらゆる場面で自説を求められてしまう。故に身体を異国に置いてみたり、本を読み漁った