見出し画像

ハッピーアワーのハシゴ酒

土曜日、桜木町の駅を出て野毛の飲み屋街を歩いてきた。行楽日和の三連休初日は、どこも軒先でジョッキやグラスを傾ける人で賑わっていた。

一軒目は、浜焼きのお店だった。無造作に網の上に乗せられて焼かれるハマグリと赤海老、名前も知らない大きな貝。赤海老の半身が焦げてきたところで、貝と一緒に上下を返す。パカっと開いてからは、磯の香りを漂わせながらぐつぐつしてるのをひたすら見守る。

貝殻から身が離れたら頃合い。海を閉じ込めたような旨味に唸りつつ、キンキンに冷えたレモンサワーを流し込んだ。休日を生きていることに全身がようやく気づく。明るいうちから飲むと、酔いと余裕と背徳感が混ざって何とも心地がいい。

景気づけの炙りベーコンは、脂のほとばしる焼き立てを豪快にハサミで切って食べた。二杯目を翠ジンソーダで決め、心の中で小さくガッツポーズをしたまま次のお店へ向かう。人通りが増え、静かな熱気を帯びた野毛小路に陽気な足取りが重なっていく。

熊本焼酎を揃えた焼き鳥屋を見つけ、カウンターの隅を陣取った。ハッピーアワーの中ジョッキは正義である。隣の沖縄料理屋から聞こえる「ハイサーイ!」の掛け声に士気が上がる。まだ17時前なのに、店内は煙と活気で大盛り上がりを見せていた。

お酒は焼酎だけかと思いきや、日本酒も充実していた。二兎にとがあるのに加え、雨後の月は八反錦と千本錦それぞれの酒米で用意されている。お店のこだわりがうれしい。鳳凰美田は赤判と碧判を書き並べてあり、さながらタイトルマッチの雰囲気だった。

ポテサラで準備体操をしてから、塩のおまかせ六本盛りを注文した。ら、なぜか七本出てきた。すみませんと照れ笑いする大将は、焼いている間ひとときも串から目を離さなかった。串の位置を微調整して焼き具合を見計らう姿は、まさに職人だった。

そんなプロの姿を真近で見てから頬張る串は、ひときわ贅沢な逸品。焼き上がった最初の三本はハツ、ささみ、レバー。ささみに被さったチェダーチーズが最高に曲者で、淡白な胸肉の満足感を底上げしていた。二皿目は砂肝、カシラ、ぼんじりの王道で駆け抜けた。どれも肉厚でジューシーで、ひたすらにビールを煽らせた。

「ハッピーアワー」の軽快な音には、ささやかな幸せが詰まっている。心浮き立つ言葉の確かな力。楽しいは、楽しいの続きを感じられるときが一番楽しいと知ったのはいつだったろう。

駅への道すがら、宵の先へ向かう人々とすれ違いざまにハッピーを交換する。ほろ酔いで見上げた秋空には、まだ明るさが残っていた。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?