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来週の相場見通し(7/10~7/14)②

1.米国金利(続き)

来週の相場見通し①でさんざん米金利について取り上げてきたのだが、この②でも、しつこいくらいに米金利からスタートする。まだ、①で取り上げていない問題があるからだ。もう少しだけ、お付き合い願いたい。

① 米金利のシミュレーション(頭の体操)

現在のように2年金利と10年金利が▲100bpもの逆イールドの長期化や、よく景気後退の予兆とされる3か月と10年の逆イールド(下図)が拡大すれば、米国景気も米国の金融システムもいずれはクラッシュに向かうだろう。そこは市場でもかなり共通した見解だと思われる。

(10年金利と3か月のスプレッド)

しかし、仮に次のようなシチュエーションになったときに、米国経済はどうなるだろうか?米金利が順イールドになる状況だ。例えば、次のようなケースだ。

FF金利5.0% 、米国2年金利5.0%、米長期金利5.5%

仮にこのような金利状態になったときは、金融システム上は現在よりも健全になる。逆イールドではなく、順イールドだからだ。世界の新興国では、こういう金利体系の国は普通にあるだろう。
米国の場合には、このケースの問題は、金融システムではなく、米国景気だ。果たして、米長期金利5.5%という水準に耐えられるのか?という問題だ。この答えは簡単ではない。
これまでは一般的に、米国の潜在成長率は1.8%程度であり、それにインフレ目標の2%を足した3.8%程度が、米国の実体経済の成長率と想定されてきた。つまり、米長期金利がこの3.8%を超えてくると、金融システム上は問題なくとも、実社会に対する投資のメリットが得られなくなり、経済は減速する。その状態が長期化すれば、リセッションになると考えられてきた。
しかし、足元では米国経済の異常な底堅さが継続している。昨年から5%もの利上げを僅か1年強で実施してきた国とは思えないほど、米国経済はしぶとい。それどころか、昨年後半に景気は底を打ったのでは?と分析するエコノミストもいる。今年の3月に金融不安が発生したように、逆イールドの長期化と深化により、金融システムは間違いなく綻びが出ている。しかし、実体経済には、金融引き締めが十分に効いているように見えないのだ。
従って、足元では急速に米国経済の「ソフトランディング」や、痛みさえない「ノーランディング」を期待する向きが強まっている。

急激な利上げの中でも、なぜ米国経済が底堅いのか?
この問いに対しては、これまでは次のような要因が指摘されてきた。

・FRBが巨大なバランスシートを抱えたまま、金融引き締めしていること。
・インフレで米国の実質金利が、水準として低いこと。
・コロナ禍の強制貯蓄が、まだ残っていること。
・労働市場が堅調で「職」があること。
・インフレに見合う名目総賃金が支払われてきたこと。
・バイデン政権の産業保護政策で半導体等にお金がバラまかれていること。
・米国の各州も独自に税還付など州民に財政政策を実施してきたこと。


これは、どれも事実であろう。しかし、ここへきて、もっとマクロ的なことが議論されている。
先ほど米国の潜在成長率は1.8%、インフレ目標が2%で合計して3.8%が米国経済の実体経済の成長力と示したが、そもそも潜在成長率は上昇しているのでは?ということ、更にはインフレ目標の2%が妥当ではないとの見方だ。
例えば潜在成長率が、2008年の金融危機前の水準に既に回復しているなら、2.5%超になる。目指すべきインフレ目標がディスインフレ時代の2%ではなく、3%程度だとするなら、両方を合計すると5.5%になる。これが実態なら、先ほどの仮シチュエーションの順イールドのなかで、長期金利が5.5%という世界は、普通に成立することになる。もちろん、この議論については短期的には分かりえないし、FRBは完全に否定している。
しかし、足元の米国経済データの上振れの連続もあり、そのような見方が強まってくる可能性がある。この例は少し極端なのだが、大事なポイントは、そのように米国経済の潜在的、構造的な強さが意識されると、現在の2年金利と10年金利の▲100bpもの逆イールドは、順イールドにはならなくとも、かなり縮小する可能性があるということだ。ここは、重要な点だ。
何故なら、下のチャートは10年金利と2年金利のスプレッドの推移だが、昨年の夏場の米国景気に対する楽観ムードが強かったころの逆イールドは▲40bp程度であるほか、今年の5月頃の逆ールドは▲50~60bpである。5月と言えば、ついこの間のことだ。

(米10年金利と2年金利のスプレッド)

すなわち、米国経済への楽観論が拡大するだけで、現在の▲100bpもの逆イールドから、▲50bpまで縮小する可能性は十分にある。これを現在の金利水準に当てはめると、2年金利がたとえ5%から全く変動しない状況でも、10年金利が4.5%まで上昇するということになる。そして、本当にそうなるなら、その時は損切などを巻き込んでいるため、オーバーシュートして、更に金利は上昇していることだろう。もちろん、これはリスクシナリオだ。恐らくは実質金利の急上昇で、米国株が崩れることで、質への逃避から米国債に資金が流れるため、そこまで金利は上がらないと思われる。但し、FF金利が6%超に上昇するシナリオよりは、こちらのシナリオで長期金利が上昇する可能性は高いだろう。私は中長期的に米金利は低下すると考えているものの、短期的には米国債は要注意と考えている。

市場では米10年金利についてダドリー元NY連銀総裁の4.5%に向かうとの見通しについて、モルガンスタンレーの債券アナリストが否定し、長期金利は2~3%に低下するなど意見の対立が生じている。米国の自然利子率についても、サマーズ元財務長官とIMFの見方が対立するなど、米金利の先行き見通しは意見が大きく割れている。その根っこは、この米国経済の潜在成長率とインフレ目標の見解の相違にある。この辺に注目して、ニュースを見ていくと面白いだろう。

② 米国債投資のリスク要因(その他)

来週は3年債、10年債、30年債の入札がある。来週の相場見通し①で詳しく書いたが、米国債券市場は買い手不在で疑心暗鬼になり始めている。来週の入札は非常に重要だ。ここもとの入札は、そこそこ堅調であった。来週の入札で最終投資家の需要をしっかりと確認できるか、できないかが大きな分岐点となるかもしれない。来週のCPIと共に米国債にとっては重要な局面となる。入札という点においては、四半期定例入札の規模が8月から拡大される見通しだ。増発が分かっているだけに、今回の入札にどのような影響を及ぼすか心配である。

また、米銀のリスクも注意しておこう。先般、ブルムバーグが米連邦住宅金融庁(FHFA)が、大手銀行を対象に連邦住宅貸付銀行(FHLB)からのアドバンス借入を制限することを検討しているとのニュースが出た。これは、まだ不明な点が多いものの、無視できないニュースだ。このFHLBアドバンスは米国の金融機関が、流動性に窮した時に気軽に頼れるありがたい存在なのだ。3月に金融危機が発生した時に、市場ではFHLBを「最後から2番目の貸し手」と呼んだ。もちろん、「ラストリゾート」はFRBであるが、FRBから資金を借りると、資金繰りに窮している印象がある一方で、あまりポピュラーでないFHLBアドバンスは資金を借りても、あまり注目されない。隠れ蓑みたいなものだ。そこに制限が加わるとなれば、米銀は流動性に更に慎重になる。これは米国債投資の需要に影響することになるだろう。

米金利については、これくらいにしておきたいが、最後にサンフランシスコ連銀の代替FF金利の6月データが出たので紹介しておく。この代替FF金利の詳細は割愛するが、FRBのバランスシートなども考慮した金利面からの金融環境の引き締まりを示したものだ。直近では、下のチャートのように6.86%まで上昇して7%に迫っている。実際のFF金利よりも相当に高い水準にある。FRBからすれば、米国経済は強くとも、代替FF金利などはかなり引き締め的な水準にあり、時間の経過で米国経済を冷やすと考えるだろう。従って、足元の米国経済指標が強いからといって、FRBが更にタカ派になるとは思わない。当面はドットチャート5.625%をベースに考えてよいだろう。

(代替FF金利とFF金利)

2.7月から8月は外交、国際関係が注目

①米中対立、心配なのは日本

米中対立が新たなリスク段階に入りそうな状況だ。トランプ前政権の関税報復合戦を思い出してほしい。トランプ前大統領が中国に関税を発動すると、中国もそれに反撃し、それを怒ってトランプ氏がまた関税を適用、それに中国が報復関税・・・・こんな悪循環が継続したことは記憶に新しい。現在でも、そのトランプ関税は適用中である。
バイデン政権は、トランプの関税政策は効果がなかったと結論付けているもの、対中関税の撤廃はできずにいる。そうした中で、バイデン政権は次々と中国に対する輸出規制を強めてきた。いわゆる「Small yard, High fence」という戦略であり、最先端の半導体や安全保障に関わるテクノロジーには、高いフェンスで守るというものだ。しかし、米国は中国に対して、「デカップリングではなく、デリスキング」だと主張して、中国と協力をする姿勢を示しながらも、実際にはを「small yardを少しづつ広げ、高いフェンスをより高く」してきた。これに対して、沈黙してた中国がいよいよ報復に動き始めたのだ。
中国の習近平政権は、法律に拘る。その法律がどれだけ、国際的に見て身勝手なものであろうと、中国は国内法に則って対応しているという論理を重視している。そのために、これまでも海警法であるとか、香港自治法とか、スパイ法とかを成立させてきた。そして、6月28日の中国全人代常務委員会で、「中国対外関係法」が可決され、7月より施行されている。この法律は幅広いのだが、反外国制裁法を強化するという側面もあるようだ。すなわち、外国から制裁等を受けたら、報復を強化するということだ。この法律が成立した2日後には、ご存じのように中国商務部はガリウム及びゲルマニウムの関連品目への輸出規制を発表している。そして、これはまだジャブに過ぎない。米国が現在検討しているクラウド等に関する規制を中国に発動するなら、中国は第二弾として追加の鉱物資源等の輸出規制を出してくるだろう。この法律が成立したことで、報復輸出規制合戦に発展する可能性が出てきたということだ。日本は火の粉を浴びるというレベルではなく、日本も報復の直接の対象になる可能性は高い。先般、北京で河野洋平元衆院議長と李強首相の会談が北京で行われたが、李強首相は「7/23から日本が中国に対して発動する対中規制」について、はっきりと苦言を呈している。これは、報復するぞということだろう。日本企業への直接の影響も出る可能性があるし、恐らく、中国から日本へのインバウンドも増加しにくくなるだろう。

日本については、中国に滞在している邦人がスパイ容疑をかけられるリスクもあるだろう。中国は7月1日から改正反スパイ法を施行した。改正スパイ法は、第4条にスパイ行為の定義が示されているが、基本的には共産党政府の意向により、どんな行為でもスパイ行為に認定され得る内容になっている。さすがに、中国も米国人を逮捕することは躊躇う。米国は米国人を守るためなら、軍隊を出す国だ。従って反スパイ法のスケープゴートは、米国人以外となるだろう。ファーウエイの元副会長が米国の要請により、カナダで逮捕されたとき、中国は何をしたか?米国人ではなく、2人のカナダ人を拘束したのだ。見せしめである。足元で、中国が見せしめのために、スパイ容疑をかける相手としての最有力は日本人だ。日本がバイデン政権の要請で対中規制を強化することもあるし、日本が兵器の輸出範囲を拡大しそうなこともある。また、中国は何よりアジア版NATOができることを警戒している。そういう見せしめには、日本人を拘束するのが効果的である。もちろん、岸田政権は何もできない。場合によっては、岸田政権のリスクとなるかもしれない。尖閣への挑発行為も、今のところ異変はないが、見ておく必要があるだろう。

② その他

時間がなくなってきた。ここから駆け足でポイントだけ取り上げておく。

7/4の第23回上海協力機構(SCO)首脳会議でイランの正式加盟が承認された。SCOは、中国、ロシア、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、ウズベキスタン、インド、パキスタンの8か国であったから、イランは9番目の加盟国となる。また、今般の会議でベラルーシが正式加盟の手続きを開始した。このSCOについては、1つだけ重要な点がある。それは準軍事同盟的な側面があるということだ。単なる経済協力ではないのが特徴だ。今回は取り上げないが、そういう点では注目しておくべきだ。
8月にはBRICS首脳会議が開催される。BRICS共通通貨の話もあり、これもまた別途取り上げる必要があるだろう。

7/11からは、リトアニアでNATO首脳会議が開催される。最大の注目は、トルコがスウエーデンのNATO加盟を認めるかどうかである。また、ウクライナ問題も中心議題になるが、米国のクラスター爆弾のウクライナへの提供が波紋を投げかけている。常に米国と歩調を合わせてた英国も、このクラスター爆弾には反対を表明している。ウクライナでは、とにかく弾薬が不足しているのだ。ウクライナの反転攻勢から1か月くらい経過したが、戦況は大きく変化していない。スティンガーミサイル等も在庫がない。米国も製造能力不足で間に合わない。余っているクラスター爆弾を、物議をかもすことを承知で投入するというのは、ウクライナの弾薬が相当に細っていることの証拠であろう。

3.日米株について

① 米国株

米国株は決算発表が始まってから、レポートしたいと思うが、中小銀行のバランスシートの状況は大きく注目されるだろう。
足元では、決算前、米国実質金利の上昇で米国株は売られているものの、私の感覚からすると、非常に底堅い。実質金利がここまで上昇しているのに、大きく崩れる雰囲気がない。米国の実質金利が2%に向かう局面で、米国株が大きな調整となるかどうか・・・そこは注目している。

② 日本株

日本株は上値が重そうだ。まずは、日銀短観を振り返っておこう。
日銀短観では、大企業の業況判断が7四半期ぶりに改善し、これまでの非製造業中心の改善が製造業にも波及してきた。設備投資計画も大企業の製造業で+19.3%、非製造業で+10.1%の大幅増、中小企業でも非製造業で+5.8%と好調。但し、非製造業の改善は宿泊・飲食サービスに偏っており、個人消費全体は弱い結果となった。日本株の上昇継続には、内需主導型の景気回復が必要であり、注目される。

今年の日本の状況について、アベノミクスと比較して語られることが増えてきた。しかし、はっきり言って全然状況が異なる。単に海外投資家の日本株へのフローがアベノミクスの2013年と似ているというだけのことだ。下のチャートは、年初からの日本株への投資フローについて、2013年と2023年を比較したものだ。日本株に強気な人は、アベノミクスの時は、更に年間で14兆円と流入が加速したので、今年もまだまだ海外投資家の日本株買いは継続すると主張する。しかし、それはどうだろうか・・・

(海外投資家の日本株フロー比較)

ここからは、2013年と2023年を比較していく。今回は時間の関係でほんの一部を示したい。今後、機会があれば、いろいろな比較を取り上げるつもりだ。まず下の図のように、金融政策、財政政策の方向性は真逆である。更に成長戦略も岸田政権では、今一つ分かりにくい。少なくとも、アベノミクスの明確なリフレ政策とは異なり、キシダノミクスは海外投資家には分かりにくいことは確かだ。

株価はどうだろうか?下の図のように、日本企業は利益を伸ばしてきたことで、足元の株価に対して予想PERはそれほど高くない。日本企業のEPSの上方修正が起これば、日本株はバリュエーション的にも問題ないまま、更に上昇しそうだ。

世界の環境はどうか?下の図はIMFベースのGDPである。2013年より良いのは欧州だけという状況だが、欧州も決して強いわけではない。外需という面でのサポートは期待できそうもない。やはり、日本の内需が重要だ。

財政はどうだろうか?コロナで拡大した財政は、2022年の段階ではちょうど2013年ころのレベルに戻っている。(ドイツは違うが)2023年以降は、財政はより絞られていくだろう。岸田政権は、これから防衛費増額や少子化対策等の財源を議論しなければならない。巧みに増税ではなく、社会保険料引き上げ等を織り交ぜて分かりにくくしようとするが、どちらにしても日本経済にはネガティブな影響となるだろう。

(財政収支の対GDP比  単位:%)

最後に典型的なリスクオフの動きを整理しておく。金融市場において、本当にリスクオフが生じる際は、1つの市場ではなく、その影響は様々な市場に波及する。その結果として、下の図のような兆候が生じる。VIXは急上昇し、米金利は質への逃避から低下し、クロス円などの通貨は急速な円高となる。金価格が上昇し、脆弱なハイイールド市場のスプレッドや新興国のスプレッドが拡大する。ちなみに、足元では何の兆候も出ていない。

米国実質金利の上昇で株価も試練を迎えているものの、意外な耐性を示している。少なくとも全面的なリスクオフの展開とは程遠い状況だ。ひとまずは、米国金利の動向、日米企業決算、そして国際情勢と地政学リスクを睨んだ動きとなりそうだ。来週の日経平均株価は3万1,800円から33,000円とやや上値が重い展開を見込んでいる。

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