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来週の相場見通し(7/3~7/7)②

1.米国の金利について

来週以降の米金利市場は、大きな試練を迎えることになるだろう。6月のFOMC以降、米国の経済指標は軒並みデータ上は強い経済指標が目立っている。そうした中でシントラの金融フォーラムでは、パウエルFRB議長が2会合連続での利上げもあり得ると、やや踏み込んだタカ派的な発言もした。
従って、このところ米国のイールドカーブは、かなり大きな変化が生じている。
まず下のチャートは10年金利と2年金利のスプレッドである。3月に▲107bpというかなり大きな逆イールドが発生した後、5月にかけて▲40bpまで逆イールドは縮小していたのだが、足元では再び▲103bpまで逆イールドが拡大していることが分かる。

(10年金利と2年金利のスプレッド)

次に市場でも注目されることが多い5年と30年金利のスプレッドが下のチャートだ。こちらも5月の段階では約40bpの順イールドにあったのが、急激にスプレッドが縮小し、足元では約30bpの逆イールドに転換している。

(30年金利と5年金利のスプレッド)

このように過去1~2か月のイールドカーブの変動はかなり激しいものがある。なぜ、このような動きになるかと言えば、凄く乱暴に言えば、「米国の2年金利が大きく変動しているのに対して、超長期の30年金利が安定推移しているから」だ。まず30年金利のチャートを確認しておく。下のように30年金利は膠着している。30年金利が安定しているために、米10年金利も30年金利が重石となって、強い経済指標データの中でも、あまり大きく上昇していないのだ。

(米30年金利推移)

次に、下のチャートは米2年金利であるが、大きく上昇している。2年金利は今年の3月に5.07%まで上昇したが、足元では再び5%台に迫っている
FRBは5月に利上げをした後、6月には利上げを見送った。それにも関わらず、2年金利が上昇しているとしたら、2つのシナリオしかない。1つはFRBのタカ派メッセージがそれなりに市場に届いており、利上げをしていないのに、引き締め効果を促すことに成功しているということだ。そして、もう一つの可能性がFRBの利上げ打ち止めに対して、市場が「NO」を突き付けていることだ。すなわち、もっと積極的に利上げをせよという市場からの声だ。しかし、先行きの利上げの織り込みを見る限り、その可能性は低い。すなわち、この2年金利の上昇は前者の「FRBの声が市場にある程度、届いている」と考えたほうが自然であろう。

(米2年金利推移)

市場は現在、7月のFRBの利上げを8割ほど織り込んでおり、7月を見送っても9月までには100%の利上げを想定している。更に11月には追加の利上げも3割ほど見込まれている。(下図)

(FF金利の先行き予想)

大事なことは、FRBが6月に利上げを見送った後も、金利面では金融市場では緩んでいないということだ。すなわち、FRBは利上げを見送りながら、経済の状況を確認したり、金融不安の状況を見守る「時間稼ぎ」に成功しているとも言えるだろう。但し、それは金利の面ではということだ。先ほど、2年金利が3月の5%台に迫っていることを指摘したが、金融環境全体は3月の時よりも緩んでいるのだ。下のチャートは、シカゴ連銀の金融コンディション指数だが、3月の時よりもかなり緩んでいることが分かる。

(シカゴ連銀金融コンディション指数)

セントルイス連銀の金融ストレス指数も、下のように3月前半の金融不安時(水色)だけでなく、金融不安前の3月前半(赤色)と比べても、足元(緑)は低い水準にあることが分かる。ボラティリティの安定、株高、FRBによるBTFPなどの流動性供与により、金融市場全体は緩んでいるのである。心配されたT-bILLの急発行も、FRBが期間を短くするなど工夫していることもあり、MMFが十分に吸収しており、短期金融市場は大きなストレスに晒されていない。

(セントルイス連銀 金融ストレス指数)

さて、このような状況であるが、6月末を通過した。米国の年金等による30年債需要等は引き続きたんたんと見込まれるものの、ひとまず月末、中間期末を通過したことで、需要が減退する可能性があるだろう。これまでは、強い経済指標やFRBのタカ派発言でも、2年金利の上昇に引っ張られることなく、長期金利、超長期金利が推移してきた。そのことで逆イールドが拡大してきのだが、ここから先は更に2年金利が上昇する場合は、10年金利は連動して上昇する可能性が高くなるだろう。下のチャートは、10年金利と2年金利のスプレッドの長期チャートだが、足元の100bpを超える逆イールドは、かなり特殊であることが分かるだろう。ボルカー時代には▲200bp近くまで逆イールドが進行したケースはあるが、平常時においては▲100bpは一つの限界値に近いと思われる。

(10年金利と2年金利のスプレッド)

すなわち、来週以降のISMやら求人件数やら雇用統計などの重要経済データが強い場合は、2年金利が上昇して、それに連動して10年金利も4%に迫る可能性があるということだ。しかし、そこは米国債の押し目買いのチャンスと捉えている。何故なら、先ほどFF金利の先行き予想を示したように、市場は既に十分な利上げを織り込んでいる。そして市場のFF金利の織り込み(ターミナルレート)と2年金利との差は現在40bpほどまで縮小している。これは、これまでのターミナルレートの織り込みと2年金利の関係からすると、既に2年金利は十分に上がったレベルだ。すなわち、強い経済指標が出て、一時的に2年金利が上昇することはあっても、市場の織り込むターミナルレートが6%の方向に大きくシフトしない限りは、2年金利もそれほど上がらないと思われるのだ。もちろん、10年金利と2年金利の逆イールドが既にかなり大きいため、2年金利が上昇しなくとも、10年金利が上がることで逆イールドが縮小する可能性はある。しかし、これまでの投資家の動向を見る限り、米国の潜在成長率1.8%~2%にインフレ目標の2%を合計した3.8%~4.0%の水準になると、色々なところから米国債買いが湧き出てくる。長期的な投資家にとっては、3.8%台よりも上の米国長期債は買いやすいように思われる。しかし、短期的には来週以降は米国債投資には金利上昇の試練となりやすいだろう。

2.米国最高裁判所の2つの大きな判断

今週は米国最高裁判所が2つの大きな判断を下した。1つはバイデン政権の肝いり政策である「学生ローンの大統領令による免除」について、最高裁が無効としたことだ。最大で2万ドル、平均でも1万ドルもの債務が免除されたと思っていた学生ローン対象者にとっては、今回の債務免除の無効、そして8月からの債務利払いの再開は、ショックとなるだろう。但し、最高裁は学生ローンの免除そのものを問題視しているわけではなく、大統領令を問題視している。すなわち、行政権の範囲を逸脱しているとの判断であり、バイデン政権が改めて議会で学生ローンの免除を認める法律を成立させれば、学生ローン免除は可能になったということもである。今のバイデン政権では不可能だが、ねじれ議会でない状況なら、将来的には可能だということだ。学生ローン免除の対象者は4千万人超であり、この決定が個人消費にどういう影響を及ぼすかは注意が必要だろう。財政赤字という面では、学生ローン免除が無効となることで改善しそうだ。

もう一つの判断が、最高裁が米国大学における「アフォーマティブ・アクション」を覆す歴史的な判決をしたことだ。話は1978年の「バッキー裁判」に遡る。カリフォルニア大学のデービス校医科大学院では、特定の人種を優遇するアフーマティブ・アクションの一環として、入学定員の16%をマイノリティの志願者に割り当てていた。白人男性のバッキーさんは、この医科大学院に2度不合格となったのだが、このバッキーさんが大学を訴えのだ。「自分より点数が低いのに、人種による逆差別で大学を落とされた。これは、憲法修正14条の平等保護条項に反する」と主張したのだ。結局、最高裁はバッキーさんの主張を認めて、バッキーの入学を大学に命じた。そして、ここからが面白いのだが、最高裁はバッキーの主張は認めたものの、大学が人種を入学許可の判断基準の1つとすること自体は認められると判断したのだ。すなわち、この判決をもって、「アフォーマティブ・アクションは合法」と見做されることになったのだ。そのルールは40年以上も適用されてきたのだが、今回それが覆されたのだ。米国では昨年、中絶問題の「ロー対ウエイド判決」が覆されて、社会が2分する大騒ぎとなったが、今回の最高裁の判決も歴史的なものとなる。
実際にはロバーツ最高裁判官は、「志願者の人種だけでステレオタイプに判断することは認められないが、人種がその志願者の人格形成や経験に影響を及ぼしてきたこと全体を入学審査の際に考慮することは問題ない」と発言しており、アフォーマティブ・アクションそのものが違憲になったわけではない。しかしながら、既に共和党を中心に「大学入試は人種ではなく、実力主義であるべし」などの声が強まっており、今回の最高裁判決により、大学側は自主的にアフォーマティブ・アクションを控えることになりそうだ。もっとも、既にカリフォルニア州やミシガン州などでは、州法によってアフォーマティブ・アクションが禁止されている州もある。いずれにしても、今回の学生ローン免除無効と、アフォーマティブ・アクションの覆しは、トランプ前大統領の24年の大統領選に大きな追い風となるだろう。何故なら、共和党内では、トランプ前大統領の最大の功績は、「最高裁判事を若くて保守派に変更したこと」と見做されているからだ。今回の共和党が喜ぶ最高裁の判断は、トランプの功績となるだろう。この判決後、トランプ氏がSNS上で大騒ぎしていることは言うまでもない・・・

それにしても、こういう判決が出ると、ますます米国は分断していく。私は国際秩序が揺らいでいる背景は中国の台頭やロシアの暴挙の影響もあるが、コインの裏側として、米国が社会分断でかなり傷んでいることも1つの要因だと考えている。こうした分断を大喜びしているのが中国だ。
中国は継続的に米国の社会の劣悪さを記事にして発信しているが、最近では米国の社会分断、貧富の格差、そしてドラッグの氾濫を頻繁に取り上げている。直近では、ドラッグに蝕まれた「ゾンビタウン」として、フィラデルフィアのケンジントン通りを取り上げて、大きな話題にしている。このケンジントン通りでは悪名高く、日本のメディアも取り上げることがあるが、かなり衝撃の映像があるので、リンクしておこう。これも1つの米国の姿なのだ。

https://youtu.be/s-oULqzPer4

時間切れになってしまった。日本株の上昇要因の1つして、JSRの話を取り上げようと思ったのだが、また次回にしよう。クロス円の円安進行と為替介入も取り上げられなかった。
7月はリトアニアでNATO首脳会議が開催される。中東ではイランと米国が新たな核協議の動きがあり、イスラエルのネタニヤフ首相が7月に訪中する。イエレン財務長官の訪中もあるかもしれない。ワグネルの乱後のロシアの動向、ウクライナの反転攻勢の行方も注目だ。国際情勢で地政学リスクが意識されるイベントが多いことは注意したい。来週は米国は独立記念日がある中、重要な指標が相次ぐ。日本でも日銀短観や日銀のGDPギャップが公表される。米国の実質金利がじりじり上昇しており、強い経済指標が米長期金利の上昇となる場合、米国株の上値が重くなるだろう。日本株は、海外投資家のフローが少し弱まっている。日経平均も膠着となりそうだ。レンジとしては、32,700円~34,000円程度を想定している。


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