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ナメクジ vs 素っ裸の地球人、そして読書の喜び ―― ロバート・A・ハインライン『人形つかい』

* 2016年は「たくさん読む年」に

 私が初めて「小説」というものに激しく感動したのは、中学校の授業で読んだ「伊豆の踊子」(川端康成)だったと思う。「子供なんだ。私たちを見つけた喜びでまっ裸のまま日の光の中に飛び出し、爪先きで背いっぱいに伸び上がるほどに子供なんだ」に心を射抜かれた。言葉ってすごいんだな、と。以来、文学部、文学系大学院、古本屋、記者業と、振り返ってみれば十数年間にわたって「言葉」と関わる道を一貫して(=偏って)歩んできた(=流されてきた)。ただ、「言葉」に関わっているといっても、それが小説の「言葉」であることは近年ほぼない。単に文字数に換算すれば学生時代の何倍も読んだり書いたりしているのに、たぶん2015年はこれまででもっとも小説を読まない年になってしまった。なんてこった。

 それで昨年末あたりから、2016年は「たくさん読む年」にしようと心に決めていた。いまのところ実際にどうかといえば、とりあえず幸先はいいようだ。大晦日の晩から年をまたいで『闘争領域の拡大』(ミシェル・ウェルベック)をしめやかに読み通し、寝て起きて元日には『人形つかい』(ロバート・A・ハインライン)で初笑いし、仕事が始まってからも移動中に『デッド・アイ・ディック』(カート・ヴォネガット)をやっつけた。熱心な読書家には嗤われるだろうけど、遅読な自分としては久々にこんな立て続けに脈絡ない乱読ができて楽しかった。しかし、今後もこのように月1~3本のペースで中・長篇小説を読む習慣を維持していけるかどうかはかなりあやしい。やはり電車での移動時間を最大限活用するしかないだろう。自宅と取材先、出版社、クラリスブックスなどを電車で行き来する際はつい「今のうちにいろいろやっとかねば」とノートPCを膝上に広げてカチャカチャと雑務を進めてしまうのだが、これからは移動中は本の時間にしよう、なるべく。「電車ではパソコンじゃなくて本を開く」を今年の抱負として掲げよう。

* ナメクジが思い出させてくれたこと

 さて上記3冊の中から、今回のブログではハインラインの『人形つかい』をレビューしたい。もともと大好きで楽しみに取っておいたウェルベックとヴォネガットの2作と違って、これは買ったことすら忘れてほったらかしてあったやつだ。古風な侵略系SFの風味と旨みだけを求めて読みはじめたものの、それ以上の魅力に満ちた作品だったので嬉しかった。

 『人形つかい』(1951)はSF小説の高度化と大衆化に貢献した巨匠ロバート・A・ハインラン初期の長篇作品で、ナメクジのような謎の宇宙寄生生物と地球人との攻防を描いたもの。ナメクジに肩の後ろにとりつかれると、宿主は知能や知識、経験もそのままに操り人形と化してしまう。ナメクジたちは自己増殖を繰り返して人から人へとこっそり寄生を重ね、静かに地球侵略を進めていくが、この事態をいち早く察知した秘密機関のボス「オールドマン」と有能な捜査官の「ぼく」、その同僚の謎めいた美女「メアリ」らがとにかくがんばる。

 現代の読者からすると「よくある設定」、古典中の古典。そうには違いないが、ナメクジの寄生によって、宿主が完全に乗っ取られてしまうわけではないところがとてもいい。このあたり説明の仕方が難しいのだが、宿主には意識はあるし自分が何をしているかも理解できるのだ。が、「どこかもっと深い底のほうでは、拷問を受けているようにみじめで、ひどく怯え、つよい罪悪感に満たされ」続けることになる。絶妙な書きっぷりだ。運よく誰かがナメクジを丁寧にひっぺがしてくれれば宿主は元の自分に戻ることができ、寄生されていた時の自分の行動や心理・感情もすべて自分のものとして記憶しているという。作中前半で「ぼく」は一時ナメクジに寄生されてしまうが、寄生されてもやっぱり「ぼく」は「ぼく」なのだ。冒頭から一人称の報告スタイルで事態の進行を語ってきた「ぼく」が、ナメクジに寄生され地球侵略に加担し、その仕事に満足を覚える自分をもやはり「ぼく」として語り続けたのは鳥肌モノだった。

 あともう一点、ナメクジに寄生された人間と正常な人間とを見分けるために、途中から地球人たちが服を脱ぎ始めるのが楽しかった。ナメクジは基本的には地球人の肩に張り付くが、なかには下半身に張り付いてなんとかする奴もいるので、地球人たちがお互いに〝ナメクジ持ち〟でないことを確認し合い、これ以上被征服区域が広がるのをくい止めるために全員素っ裸で暮らしましょう、という計画が発動されるのだ。その名も「日光浴計画」。世界中の老若男女が、もちろんナメクジたちと戦う秘密機関の猛者たちも含めてみんな素っ裸。映画化したらさぞ愉快だろう。いや、小説だからこそ笑えるのかもしれない。「ぼく」が寄生されるくだりも、きっと言葉で語られた方がイメージで示されるより数倍怖い。こういうところに、小説の魅力がある。映画や漫画も好きだけど、やっぱり自分はこの、紙に字だけ連ねられたやつが一番好きなんだな、とあらためて実感した作品だった。

■ 『人形つかい』(原題:The Puppet Masters 1951年)
著/ロバート・A・ハインライン 訳/福島正美
1976年 ハヤカワ文庫

▲ 集英社の「ジュニア版世界のSF」では「タイタンの妖怪」というタイトルらしい。中央が1970年代、右が最近のハヤカワ文庫版表紙。なんだかよくわからない。

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