(怖い話/by処刑スタジオ)デスマスク工房・呪われたアパート

「このアパートですよ」
 タクシーが止まったらしい。
 死の臭いがする。ここまで線香の煙が漂ってくるかのようだ。

「ボロボロだぞ。本当に人住んでるのかな? 俺が部屋の前までお連れしましょうか? 若い女の子なんで心配だな」
 タクシーの運転手がドアを開けてくれる。
 
 ――あの気配だ。外から生ぬるい風が入り込んでくる。

「ありがとう。心配ご無用だよ」 
 私は元気よく言った。金を支払う。

「ここで待っているよ。だから、やばそうなら呼んでね」
 運転手は気を利かせてくれた。

「大丈夫」
 私は依頼者の待つ部屋へと向かった。器用に視覚障害用の白杖を操っている。エレベーターはなかった。手すりを使って2階まで上がった。

 突き当りの部屋。

 美大を卒業してアシスタントをしていた時、交通事故にあった。5年前のことだ。だが即死した師匠は、こうして一人きりの弟子のために仕事やスタジオを残してくれた。

(度胸は誰にも負けないから)
 私は歩き続ける。

 交通事故で視力を失ったが、猛特訓をして一人で出歩けるようになった。
 有言実行。
 最近では、逆に“見えないものが見える”ようになった。気のせいではない。
 死者の声が聞こえてくるかのよう。

「よくいらっしゃいました」
 老人が出迎える。
 このアパートでは、高齢男性から先週末に亡くなった奥さんのデスマスクを作ってほしいと依頼があった。
 
 敷かれた布団。奥さんのご遺体が寝かされている。手を合わせる。無論、焼香台などない。
 
 遺体の顔にゲル状のシリコン樹脂を被せて30分待つ。
 硬くなってきたら、もう一度がガーゼの上からシリコン樹脂を塗っていく。これが“型”になる。
 これを工房に持って帰って"型"に流し込み、石膏取りしてデスマスクとして仕上げる。

「完了です」
 作業が終り、遺体の横で、ご主人と茶を飲むことになった。

「これでアイツも成仏できる。何もしてやれなかったからせめてデスマスクを残してやりたかったんだ」
 老人は笑った。

「素晴らしい仕上がりになりそうだ」

「天国の奥さんも喜びますよ」

 私がタクシーへ戻ると
「よかった。無事みたいで」と、運転手が真っ青な顔をしている。

「交番で聞いてきたんだ。案の定、あそこ誰も住んでいないって。十年前、この部屋で無理心中事件があったって」

「全部、知ってるよ。今、私がご夫婦の霊を成仏させてあげたから平気だよ」
 私は、2つのシリコン“型”を差し出してみせた。
 



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